2008年10月08日

第42回「介護士養成学校訪問記」

「ASEAN、看護師資格を相互承認へ

 東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国は各国の看護師国家資格を相互に承認する。(後略)」日経新聞インターネット版より。

http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20061123AT2M2201Q22112006.html

 

短い記事ではあったが、衝撃を受けた。

 要は、資格さえ満たせば、就職の為に域内を自由に動き回れるということだ。将来のASEANの経済統合をにらんだ制度といえるだろう。ASEANはEUと違い、それぞれ違う宗教、文化の国々の集合体だが、すでにこのような制度が実行に移されようとしているのだ。
 

将来バンコクの病院にかかって、「看護師さんがフィリピン人だった・・・タガログ語で挨拶したよ。」などということが日常の風景になる日がくるんだろうか・・・。

 一方日本は・・・ 最近、将来の介護面での人材確保を念頭にした日本の介護関係者、人材派遣関係者の視察が活発化する様相を呈してきた。
 

筆者も冒頭の記事を読む前日まで、日本からお越しの介護関係者をお連れして、バンコク市内数箇所の介護士養成学校を訪問していた。
 

最初に訪れたラマ4世通りのK病院付属学校では、理事長から担当教官までスタッフ総出で我々を迎えてくれた。ちょど授業中の生徒たちが実習の様子を見せてくれた。高齢者の介護は判るが、タイ古式マッサージの実習まであるのには驚いた。
 

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(古式マッサージの実習)

タイ日本間のFTA(自由貿易協定は、当初今秋締結の予定だったがクーデターで伸び、大方の見方では来春締結されるだろうとの事だ。多少遅れたが締結は時間の問題なのだろう。
 

各学校の関係者たちもその点にはしっかり着目をしていて、彼らとの懇談の中でも、FTA締結後、すぐに軌道に乗るとは思えないが、絶対数が足りないなか、やはりタイからの人材供給に頼らざるをえないんじゃないか?
 

締結を前提に、タイとして準備をしなくてはいけないことは何か?などの質問がでたり、活発な議論を行うことができた。
 

タイ側で介護士養成に従事している方々の注目が高いことに改めて感じることが出来た。
 

しかし、タイから日本に送り出すことは本当にできるのだろうか?日本政府が課している条件も非常に厳しい。(大卒資格があること。日本語能力検定を通っていること。年齢などなど・・・) フィリピンは大学を卒業しても有利な職場が国内で探しにくいという事情がある。

一方タイでは、日本政府が示す条件を満たせば、国内でも十分好条件の職場が見つかるだろう。 いずれにせよ、今年末、もしくは来年早々には一足先にFTAを締結したフィリピンからの看護士・介護士の第一陣が日本に到着するそうだ。 日本も初めての体験。色々な問題が生じるだろう。場合によっては不都合な条件の修正もありうる。
 

タイから送り出す側とすれば、ここしばらくフィリピン人看護士・介護士受け入れの状況を見守るのが得策なのだろう。

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(実習風景)

(2006年12月掲載)
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第41回「ヨーガ合宿の最後がローイ・クラトーン」

「昨日までの合宿、いつもながら丁寧に親切にご指導いただき本当にありがとうございました。今朝の目覚めは、とても爽やか軽やかで、いつもと一味違うものに感じられました。3日間集中的に、正しく稽古をさせていただいたお蔭で、その変化が現れたのかも知れません・・・」

 

去る11月3日から5日までの3日間、バンコクから車で約一時間半、ナコンナヨク県オンカラックにある仏教系の研修施設ワンサニット・アシュラムで行われたヨーガの合宿に参加した。

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(小さいけど快適なバンガロー)  
これは、合宿終了翌日、筆者から講師のA先生ご夫妻宛に出したお礼のメールの一部だ。ワンサニット・アシュラム→ http://www.sulak-sivaraksa.org/network24.php

A先生(ご主人)は東京の大学を卒業された後、インドの大学でインド哲学を修め、現在も「ヨーガ」と伝統的インド哲学の研究を継続されている。

合宿初日、バンコク市内は恐らく雨季は明けたはずなのに未だに蒸し暑い日だった。しかし、わずかな距離を移動してきただけで、ここはとても快適な空気に包まれている。特に木陰に入ったり、陽が落ちると急に肌がひんやりとする。わずか三日間だが、こんな自然たっぷりの環境での集中的なヨーガの稽古は、確実に筆者の中に変化をもたらしたようだ。

合宿中は、ほぼ毎日同じパターンでカリキュラムが組まれている。「今朝も5時半から瞑想。その後約二時間の実技をこなし、美味しい朝食を食べ終え、この原稿を書いています。高床式のコテージには涼しい風が吹き込んできます。」(筆者発行の日刊メルマガより)

筆者も日常4時半から5時半には目を覚まし、ヨーガの稽古をするようにしているが、いつもはアパートの狭い部屋の中、一人行っている。早朝の冷気漂うアシュラムの研修ホールの中で、仏像仏画を前に先生と行う瞑想は一段と心落ち着くような気がする。

筆者は普段は朝食は摂らない。だが、朝みっちりと二時間稽古をした後の玄米・野菜中心の食事はとても美味しい。朝食を摂らない習慣を変えようかとも思う。

朝食後の日中は、昼食を挟んで二回のレクチャーがある。ヨーガの基本的概念やインド哲学について学ぶ。そして夕刻には(再度2時間の)実習があり、夕食後、再度レクチャー。

ヨーガというと、最近はやりのフィットネスクラブのパワーヨガや、あるいは極端に宗教的なカルトをイメージする人も多いと思う。A先生はインドの大学でインド哲学を修めただけあって、その説明はとてもアカデミックで論理的だ。ヨーガをインド哲学、仏教哲学の知識を駆使してわかりやすく説明してくれ、「何故、それが有効か?」を納得させてくれる。

実は今回は昨年に引き続き二回目の合宿参加だったが、冒頭に書いたとおり、心身に著しい心地良い変化を感じるとることが出来た。今回の合宿でも、沢山の気づきがあったのだが、そのなかでも、とりわけ、生活の中にヨーガを取り込んでいく大切さに気づいた。

今朝の、この心地よい感覚を持続させていくためには、毎朝歯を磨くのと同じようにに、毎日少しずつでも良いからヨーガを続けていくことが大切なのだ・・・。無意識の習慣の中に落とし込んでいくことが大切なのだ・・・。 合宿最終日の夕刻、すべての行程を追え、ワンサニット・アシュラムの入り口の筏を渡るとき、アシュラムの木立の上には大きな満月が掛かっていた。その日はちょうどローイ・クラトーン(=灯篭流し)だったのだ。

ローイ・クラトーンの起源はヒンドゥーにあるという。A先生によるとインドの聖地では毎日似たような行事をおこなっているようだ。

バンコクの街に近づくにつれ、運河や池などに灯篭を流す姿がたくさん見受けられた。

ヨーガ合宿の最後がローイ・クラトーン。何か縁を感じさせられる光景だった。

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(泥藁でできたセミナーハウス) 
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(バンコク市内の運河で灯篭に祈りをこめて・・・)

 (2006年11月掲載) 
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第40回「一度、死線をくぐった彼らにとって・・・クーデター顛末記」

「さて・・・とうとう起きてしまいました。まさかと思っていましたが、やっぱり・・・という感じもします。既に日本のメディアは大騒ぎでしょうね。現時点で、あまり詳しい情報を持ち合わせていないのですが、ある意味で、タイらしい問題解決の仕方を選択したと云えるかも知れません。(中略)日本の皆さんは冷静に状況判断し、必要以上に怖がらないでくださいね。私も出来るだけ事実に即した街の状況は毎日お知らせしていきます・・・(後略)」

 これは、筆者が発行する日刊メールマガジン920日号の冒頭部分より抜粋したものだ。このバンコク週報の原稿を執筆している10月10日現在では、すでにプミポン国王はスラユット内閣の閣僚名簿を承認、タイ暫定内閣は発足し、戒厳令下の雰囲気、軍事クーデター色は急速に収束しつつある。

 しかし、やはり今回の件は諸外国、そして特に日本の一般市民からは理解されにくいものだったようだ・・・。

実は筆者は、学生時代タイの政治を勉強していた。そういう意味では、目の前でドラスティックに展開される状況は活きた教科書だった。1988の年の来タイ以来、クーデターはこれで2回目。恐怖感はなかった。しかし、別の意味で悪い予感はあった。

 「これでまた、お客様のキャンセルが多発するのかな?」という・・・。不幸にも予感は当たった。実際に、新規の予約は軒並み減り、来年1月に予定されていた大規模なロングステイ体験ツアーも早速キャンセルになってしまった。

やはり、日本におけるテレビなどの報道で、戦車を見せ付けられる一般の人に、タイの政治の独特な事情を理解してもらうのはとても難しいことなのだ・・・。

今回、筆者が発行するメールマガジン読者を対象に下記のアンケート調査を実施してみた。

 
タイでのクーデター発生前から、今後6ヶ月以内のタイへの旅行・ロングステイを計画していたとして、貴方ならどのような行動をとりますか?(後略)
予定通り実施する。(71)60
中止する。(13)11
予約は控え様子を見る。(33)28
その他              (1)1
 予定通り実施すると答えた方が60%で多いじゃないかと思われるかもしれない。だが、一般よりも、タイへの理解・関心の高いと思われる読者でさえ、中止する、もしくは予約は控え様子を見る、と答えた人が計約40%だったということは、筆者にとっては驚きだった。これでは、この時期にこれだけのキャンセルが続発するのも、さもありなんという感じがした。

だが一方、今回の事態にまったく動じない人たちもいる。

「日本の新聞やマスコミも大きく取り上げていま〜す。(中略)ダイブ静かなクーデターらしいですね。私から見れば軍が国会などを制圧するなど身の毛もよだつ恐怖ですが、タイ国民は穏やかなんですね。まあ、この辺の事情は、渡航時にお聞かせ下さいね。」

実は、筆者の会社が主催で、11月から12月にかけて、障害をお持ちの方を対象にしたバリアフリーツアーを数本予定しているのだが、今のところ一人もキャンセルにならない。

これは、ツアーに参加予定の栃木県に住むSさんからのメールでのコメントなのだが、なんとまあ、呑気なものだ。

彼も26歳のオートバイ事故で頚椎を損傷。その後遺障害で胸から下が全く動かない。

今回のツアーには他にも、難病で視覚を失った方、脳性まひの方なども参加される。

一度、死線をくぐった彼らにとって、今回のクーデターくらいは、冷静になって考えれば何でもないことなのだろう・・・。

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(栃木のSさんとバンコク地下鉄乗車体験)

(2006年10月掲載)  
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2008年09月27日

第39回「無給で6カ月間の語学研修という条件が・・・」

「看護師など日本の受け入れ条件、フィリピンで不満の声―フィリピン労働雇用省のクルス次官は12日、日本経済新聞と会見し、日比経済連携協定(EPA)が定めた比人看護師・介護福祉士の日本での就労条件の厳しさに強い不満を示した。(中略)日本での就労前に無給で6カ月間の語学研修を義務付けられていることが理由だと説明した。(後略)」(9月13日付日経新聞インターネット版より抜粋)

 この記事を読んだとき、実は、「さもありなん」という思いをいだいた。

この記事からさかのぼること数日前の9月9日、アジア欧州会議(ASEM)首脳会議出席のためフィンランド訪問中の小泉首相は、フィリピンのアロヨ大統領と会談し、かねて懸案だった自由貿易協定(FTA)を含む日本とフィリピンの経済連携協定(EPA)に署名した。


 この協定は、労働市場の開放を意味する看護師と介護士の受け入れを含むのが特徴だ。最初この記事を読んだときには、この日比間のEPA調印をキッカケに、タイと日本との間の労働力移動もますます話題になり、FTA締結も一気に加速するのではないかと思った。筆者はその時点で「無給で6カ月間の語学研修」という条件があることについては恥ずかしながら知らなかったのだ。


しかし、やはりそうだったのか・・・


実は、昨年の3月、バンコク郊外にある、旧知のT医師が経営する介護士養成学校を訪問した。


日タイ間のFTA交渉を調査する日本側チームが来タイし、彼の学校を視察するので立ち会ってほしいというのだ。チームは、厚生労働省の審議官をトップに、同省の担当課長、外務省担当者、当地日本大使館員などで構成されていた。


現在タイ政府と日本政府はFTA(自由貿易協定)の協議中で、タイ政府が開放を希望する労働市場分野での項目に、タイマッサージ師、タイ料理調理師などとならんで介護士があるのだ。


当日は、まず校内を見学し、その後会議室での質疑応答となった。懇談の具体的な内容は省くが、この分野で日本政府が設定している判断基準などが判り非常に興味深い経験となった。


つまり、言葉の上では市場開放するといっているものの、年齢、日本語能力、国家資格取得の義務付けなど様々な予定される条件を聞いて、「あ、この人たち(=日本政府)は、この条件を冗談ではなく真面目に語っているのだとすれば、そもそも本気で開放するつもりは無いんだな・・・」と感じてしまった。


協定では開放をうたうものの、しかし実際の運用に色々な条件をつけて適用できないようにする・・・。


そして今回の日比間の協定にも、事実その条件が盛り込まれた・・・。しかし、もう既に日本の社会全体が、特に製造業・サービス業を中心に、外国人労働者に頼らなくては成立しない状況になってきているのは多くの日本人の間では常識だ。

にもかかわらず、国は「外国人労働者を入れるべきかいれないべきか?」という議論をいまだに繰り返している。あるいは実効性の乏しい協定でお茶を濁している・・・。

官と民、トップと現場、の認識のギャップを感じざるを得ないニュースだった・・・。

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※写真はイメージです。 (2006年9月掲載)
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2008年09月26日

第38回「ロングステイのロングテイル化?―日本人商工会議所での講演について」

「今日の午後、盤谷日本人商工会議所で講演をやりました。いつもの習い性なのですが、締め切りまでなかなか準備ができず、今朝も本来朝一番にメルマガ配信に着手するのですが、講演原稿の準備に追われてしまいました。午後、講演が終わった後も週刊誌の取材が入り、やっと夕方、知人のお店の一角を借りてこの原稿を書いています・・・。」(筆者発行726日付メールマガジンより抜粋。)

 

去る7月26日盤谷日本人商工会議所の観光広報産業部会で講演を行った。部会メンバーはタイで旅行業、運輸業、ホテル業などに携わる方々だ。いつも一般のお客様を対象にしたセミナーやオリエンテーションなどでは殆ど原稿などは使わない。メモ書き程度で対応している。それは手を抜いているということではなく、その方が、会場の反応を見ながら話しを進められるし、同時に素の自分が出せて良いんじゃないかと思うからだ。ただ、今回はそういうわけにはいかない。参加の皆さんは自分のビジネスに繋げようという考えで話を聞くだろう・・・。

 と、いうわけで、学生時代以来、試験に臨むような気の重い心境で準備をし、当日を迎えた。今回のタイトルは「『タイにおけるロングステイ事業』観光関連産業からのアプローチ」と大仰なものだ。サブタイトルは、とかく最近話題の「2007年問題・団塊の世代大量退職を前にして」とした。

筆者の考えでは、タイにおけるロングステイビジネスの将来性は、一言で表現すると「多様化とロングテイル化」だと思う。ロングステイのロングテイル化?それはいったいどういうことか?

「ロングテイルというのは、一時の売り上げが必ずしも多くないものの、ロングセール化する、売り上げ曲線が恐竜の尻尾のような形状になるということだと理解しています。2007年問題と称し、団塊の世代の大量退職と関連づけて、ちまたでは何度目かのロングステイブームが起こっています。しかし、私は、この2007年を境にした大ブレークはないと思っています・・・。」と講演では申し上げた。多少ゆるやかな増加はあるにしても、ビックバンは起こらないということだ。

これからロングステイマーケットの大ブレークを期待して聞きに集まった方々には、ちょっと白ける話の内容になってしまったかもしれない。

筆者がこのような考えをもった背景は、まず第一に、今までも、今回と同様なロングステイブームが何度かあった。だが、そのいずれも大ブレークにはいたらかったということ。

そして、第二に筆者が経営する会社の、ことロングステイ事業にかぎった売り上げ曲線、利益の曲線とも、まさに恐竜の尻尾、ロングテイル化しているからだ・・・。その他にも、2007年を境に大量退職は起こらない・・・など、理由はいくつかあるのだがここでは触れるスペースがないので省略する。

しかし、だからといって、このマーケットに全く可能性がないかというとそうではない。

「今後かなりの長期にわたって、マーケットはロングテイル化していくので、志をもって続けることのできる業者ならば、ロングステイ事業は、息の長い事業のひとつにはなりうると考えています。」と講演の最後に付け加えた。

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※写真はイメージです。

(2006年9月掲載)
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第37回「趣味:『YOGA』 職業:『YOGA』という生き方」

「(前略)さて、何度もすいません。9月実施のヨーガセミナーの内容が確定しました。インドから丁度来タイ中の、私のヨーガの師匠、相方先生ご夫妻をお招きし実施します。

以下、先生のプロフィールも併せて改めてお知らせします。タイ在住の方、この時期ご旅行で滞在中の方で、ヨーガに興味のある方、これから始めたいなと思っている方は是非御参加ください。それにしても、先生の、趣味:『YOGA』 職業:『YOGA』という生き方には憧れを感じます・・・。(後略)」(筆者発行の日刊メールマガジン8月15日号より)

 

8月11日の夕方、日本大使館の近く、アソーク通りにあるシーナカリンウィロット大学に出かけてきた。地下鉄ペチャブリ駅から徒歩5分。アソーク通り沿いからは見えないが、少しソイ(=タイ語で横丁の意味)を入ると広大なキャンパスが広がっている。このキャンパスの、運河沿いのカフェテラスで筆者のヨーガの師匠相方先生御夫妻と懇談してきた。

 相方先生御夫妻は、現在インドでヨーガやインド哲学の研究活動中だが、7月から約半年ぶりに来タイされている。先生御夫妻は現在、この大学を会場にヨーガの社会人向けプログラムを指導中だ。しばし近況報告など、楽しい時間をすごした。

相方先生御夫妻は、MCB(モー・チョー・バン)財団傘下の「タイ・ヨーガ研究所」の設立に参画し、今はプログラム・コーディネーターも務めている。この大学でのプログラムもこの財団・研究所の事業の一環なのだ。主に30〜40代の社会人が参加しているが、看護士などの医療関係者、あるいは過去病気に罹ったことのある、特に健康に関心の高い方が多いようだ。

MCB財団は、1979年にマヒドン大学医学部のプラヴェシュ・ワシ教授(1981年マグサイサイ賞受賞)によって、一般国民に健康・保健医療の基礎知識を普及させる目的で設立されたものだ。MCB財団のウエブサイト http://www.doctor.or.th/
さて、冒頭のメールマガジン抜粋にもあるとおり、このたびの先生御夫妻来タイにあたり、バンコク在住の方、ロングステイ中の方を対象にしたヨーガセミナーを実施することになった。

 

タイも今はヨガブームだ。バンコクでも沢山のスタジオでワークショップが実施されている。だがそれは、殆どがアメリカから逆輸入されたフィットネス目的のホットヨガ、パワーヨガの類だ。(インドの言葉にOの短母音は無い。従って、本来ヨガという発音は無いので、ヨガと発音・標記しているところは舶来ヨーガと理解してよい・・・)

 今回のセミナーは、実技はもちろんだが、ヨーガの成り立ち、ヨーガを身につける意味について、インド哲学、インドの歴史から判りやすく説明する。もちろん日本語で・・・。


また、趣味:『YOGA』 職業:『YOGA』と言い切る相方先生ご夫妻の生き方に触れてみてもほしい。バンコクでは滅多にない貴重な機会だ。 


■プロフィール:
相方 宏(あいかたひろし)1959年広島生まれ。東京外語大インド・パーキスターン学科卒、インド・マハラシュトラ州のカイヴァリヤダーマ研究所付属カレッジwww.kdham.com)、プネー大学哲学科修士課程修了。

1995−7年インド政府給費奨学生。
1990年よりインド在住。近代YOGAパイオニアである「スワーミー・クヴァラヤーナンダ(1883−1966)」の直弟子のである「M.L.ガロテ博士(1931−2005)」に師事www.lonavalayoga.org)

1998年よりタイランドの大学・財団で、 YOGAを医療・教育の分野に導入する活動に従事。2004年よりバンコクのMCB財団「タイ・ヨーガ研究所」のプログラム・コーディネーター。

趣味:「YOGA」 職業:「YOGA

相方秀子(あいかたひでこ)東京生まれ。1990年より夫とインド在住。インドの主要な「YOGA」のインスティチュートのメソッドを研修。
1998年より夫とタイランドでの活動に従事。
2004年よりバンコクのMCB財団「タイ・ヨーガ研究所」のプログラム・コーディネーター。

趣味:「YOGA」 職業:「YOGA

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(2006年8月掲載)

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2008年09月22日

第36回「サイゴン最新医療事情−同国人の医師に診ていただけるということほど・・・−」

「サイゴンの空からシンチャオ!!(こんにちは)今朝のサイゴン、まだ陽は昇りきっていませんが、どうやら薄曇のようです。昨日もほぼ一日薄曇だったので油断しました。やはり熱帯の紫外線が侮れません。一日中帽子もかぶらずバイクに乗っていたので、すっかり日焼けしてひりひりしています・・・」(筆者発行の日刊メールマガジン8月2日号より)

 

7月31日から8月3日まで、3泊4日の日程でベトナムのサイゴンを訪れた。2003年の夏から約3年ぶりだが、高層ビルが増え、街の景観の変貌ぶりには驚かされた。

 

今回のサイゴン訪問は、先月上旬に訪れた東京でのインドシナ専門旅行社を経営する先輩との会話がきっかけだった。今まで筆者がタイで行ってきた事業と彼の事業との関係性を軸に、ベトナムで新規ビジネスを構築できないか考えてみてもらえないか?と云われたのだ。

「久しぶりにタイ以外の国に行ってみたい・・・」という気持ちもあった。4日間の滞在でできるだけたくさんのことを吸収して、どんなことが創造できるかを考えてみようと思い立った模索の旅だったのだ。
 
 

到着初日の午後から、カルチャースクール、サービスアパート、賃貸マンションなどを精力的に見て回ったが、到着二日目の民間医療サービス機関の視察がもっとも印象に残った。
 
 

まず一軒目は、サイゴン中心部から車で15分くらいの郊外にある、フランコ・ベトナミーズ病院を訪れた。フランス資本でできた総合病院だ。入院病床は220床で、フランス人医師を中心にベトナム人医師を加えた医療チームで診療にあたっている。日本語の堪能なベトナム人の通訳もいて、言葉の面での障害は一応取り除かれている。

これだけの規模で、国際レベルの医療サービスが提供できるようになっていることには驚かされた。
 
 

二軒目に訪れたのは、サイゴン市内中心部にあるコロンビア・アジア・サイゴンインターナショナルクリニックだ。ここは前者とは違い、アメリカ資本の規模の小さなクリニックだが、日本人看護士が1名と日本人通訳が1名常駐している。筆者が訪れた時も数組の日本人患者さんが診察にこられていた。
 
 

三軒目は、やはり市内中心部、大規模ショッピングセンター、ダイアモンドプラザ内にあるファミリープラクティス。プラクティスは「開業医」という意味だ。ここは、長年ベトナムで医療ボランティア活動をしてきたイスラエル国籍の医師が立ち上げたクリニックグループで、サイゴンの他、ハノイ、ダナンにもクリニックを開設している。
 
 

ここには、つい最近まで沖縄県の離島での医療活動に従事していた若い日本人男性医師と出会い、かなり詳しくこのクリニックの医療サービスについて説明してもらった。まだ赴任二ヶ月なのだが、代表者のイスラエル人医師と意気投合し、自ら志願してサイゴンにやってきたそうだ。

筆者が訪問した前週にも、ベトナム中部の街でオートバイ事故に遭遇し、脊椎損傷の大怪我を負った日本人の搬送で、シンガポールの提携病院に同行するといった経験もすでにされていた。この日本人医師のほか、二名の日本人通訳が勤務している。

最後に、インターナショナルSOSのクリニックを訪れた。SOSも日本人医師1名、日本人マネージャー、日本人通訳と日本人3名体制でサービスを行っている。こちらは、世界27箇所に広がるアラームセンターや直営クリニックなどのネットワークが特長だろう・・・。
 
 

以上、見てきたように、サイゴンは、バンコクと違い、大規模な民間病院が複数あるわけではない。それを補うように、上述のような外資系の医療サービス会社がクリニックを開き、外国人医師を配置しているのだ。
 
 

何よりもタイとの大きな違いは、彼ら外国人医師も診療に従事しているということだ。タイでは、医師法の縛りがあり、外国人である日本人医師は診療行為はできない。やはり海外在住し、病気、怪我に遭遇したとき、同国人の医師に診ていただけるということほど心強いものはないだろう・・・

設備面での遅れはやむを得ないが、こうしたソフト面でのフレキシブルな対応はとても興味深かった。

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※フランス資本の病院のロビーです。

(2006年8月掲載)
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第35回「学生に混じり、Sさんの講義を・・・−国際医療福祉大学訪問記」

「(前略)私の方は、これまで以上に得意分野の研究や発表を続けて、研究者としての実績を積み上げます。同時に、自分(自身)の営業を行い、講演回数を増やします。この経験を、自分の係わる幾つかのNPOやサークルで生かす事により、実践者としても活動します。

最終的には執筆し、ベストセラーにでも持ち込めれば・・・(笑)。」

 7月の上旬、約1週間日本出張へでかけた。滞在中のある日、栃木県大田原市にある国際医療福祉大学に、友人のSさんを訪ねた。http://www.iuhw.ac.jp/



Sさんは、筆者と同じ42歳。いまから十数年前にオートバイ事故で頚椎を損傷。それ以来車椅子での生活を余儀なくされている。



昨年二回タイを訪れ、最初はみずから理事を務めるNPO主催のバリアフリーツアー、その次は一人旅だった。それらの旅のお世話をさせていただいているうちに友人としてのお付き合いが始まった。



今回は、この大学の福祉援助工学概論と言う講座でSさんが特別講義をするということを聞き、視察も兼ねて訪問することにしたのだ。



東北新幹線を那須塩原駅で下車し、「大田原市営バス:国際医療福祉大学行き」に乗り継ぎ約40分。大学構内の停留所に着くと、昨年のバリアフリーツアーにボランティアスタッフとして参加した当大学4年生のS嬢と、やはりバリアフリーツアーに参加された、脳性麻痺で大学内の療護院で生活するKさんが車椅子に乗って出迎えてくれた。



早速S嬢がSさんの待つ大きな講義室に案内してくれた。既に講義が始まり、学生たちが200人くらい講義を受けていた。さっそく彼らの中に混じり講義を拝聴した。

Sさんは、当然ながら障害者の視点で語るので、われわれには気付かないことや新たな発見がいくつも得られた。



講義の後、Sさん、S嬢、そして大学で福祉論を研究する助手の方々と、大きな窓から那須連山を見渡せる、大学内とは思えない立派なレストランで食事をしながら意見交換。食後は、Sさん自ら学内を案内してくださった。



敷地内には大学棟の他、Sさんも生活をする療護施設や、リハビリ施設、病院が併設されている。今後は特別養護老人ホームも建設されるそうで建築中だった。



それにしても、その全体的な規模の大きさには驚かされた。しかもその大きさにもかかわらずコンパクトにいろいろな機能の施設が併設されている近代性があるのだ。

この日の訪問を筆者が発行しているメールマガジンに掲載したところ、筆者のヨーガの師匠であるA先生(日本人)からお便りが届いた。



「こんにちは。日本出張ご苦労様でした!今回も収穫が多かったことと存じます。特に、活動レポートの中では栃木県の国際医療福祉大学のことが興味深かったです。 やはり、インフラですね....」



やはりインフラだと思う。



国際医療福祉大学の経営者は、一代で大規模な医療グループを構築した相当の敏腕だそうだ。筆者は敏腕経営者にはなれそうにもないが、やり手を仲間に入れることは出来そうだ。



筆者の起業の目的は、「健康こそ幸福の基盤」という理念が目に見えるような拠点=バーンタオ村?をつくることにあった。バーンタオ村=理想的な自分自身の実現を目標に、そこからさかのぼり、今何をすべきかを考えるようにしたいと思う。今回の視察は良い刺激になった。

ちなみに昨年末のNHK紅白歌合戦の白組司会者が番組終了後、脊椎管狭窄症の手術を受けたのもこの大学の系列病院であり、執刀医も同病院整形外科部長でこの分野の世界的権威だそうだ・・・。

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※バンコク視察中、ボランティア団体の図書館を訪れたときのSさん。


(2006年7月掲載) 
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第34回「これがなきゃ生きていけない・・・――ロングステイに必要な食べ物は?――」

「仮にタイにロングステイすると仮定して、『これがなきゃ生きていけない・・・』という日本の食べ物はありますか?あると答えた方はコメントボードに『虎屋の羊羹(例)』などと具体的に記載してください。」

 筆者は、バーンタオ通信―癒しの大地・タイ王国に暮らす―と題して、タイでのロングステイに関心のある方向けに日刊のメールマガジンを発行している。(読者約2,000名)

先月上旬、約一週間、メールマガジン誌上で、冒頭に記載した内容のアンケート調査を行ってみた。

その結果はこのようになった。

 
ある。(110)68
ない。(41)25
どちらともいえない。(10)6

約7割の方が「ある」とお答えになった。食に関しては、やはり保守的だということだろう。コメント欄には、『これがなきゃ生きていけない・・・』という日本の食べ物として、以下のものが並んだ。
 
 

「日本米」「梅干」「お味噌」「お漬物」
 
 

これら、まさに「予想通り」のオーソドックスなものから、「赤味のマグロがなくては生きていけない・・・」と言う方もおられた。
 
 

また、日清食品のカップヌードルカレー味という面白い意見もあった・・・そして、食べ物とくくれるかどうかはわからないが、日本茶を楽しむための「美味しい水」というものもあった。
 
 

しかしこうしてみてみると、ここに挙げたどれもが、今ではほとんどまったく問題なくバンコクでも手に入るようになった。筆者が初来タイした20年前には、ビザの書き換えを兼ねてペナンやシンガポールに日本食の買出しをしていた。そのことを考えると隔世の感がある。
 
 

こうした状況は、ロングステイをする人たちにとって食の面でのバリアは非常に低くなったともいえるけれども、このアンケートを実施して依然として上述のような答えが返ってくるということは、タイの日本食事情が、日本にいる方にはまだあまり知られていないということでもあるのだなと思った。

ちなみに、タイ人にとって「これがなきゃ生きていけない」というものはなんだろうか?
 
 

やはりソムタムだろうか?確かにタイ人を見ているとそんな気がする。筆者も出張などで日本に長く行きタイにもどってくると、無性に食べたくなるタイ料理はやはりソムタムだ。筆者のタイ化も相当進んだものだ。  以下の記事を少し参考にしました。●青パパイアの「国民サラダ」 ソムタム(タイ)20060425

http://www.asahi.com/international/weekly-asia/TKY200604250142.html 


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(2006年6月掲載)
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2008年09月14日

第33回「時はパソコン断ちを・・・―パソコン故障顛末記その2アイムホーム作戦とは?」

「時はパソコン断ちを・・・貴兄の視点はいつも私のアングル(世の中を見る視点として)を再確認させていただいてとても新鮮です。パソコンが使えないときにパソコンの本当の力を知ることが出来るのでしょうか?

さて ゴールデンウイークは 自分にとっての恒例行事として 財団のある御徒町から自宅埼玉県大宮へ アイムホーム作戦を遂行しています。今年も6日土曜日に決行しまた。・・・」

 

前回の当欄では、「時はパソコン断ちを・・・」と題して、パソコンのない暮らしの効用について書いてみた。ちょうど日本もゴールデンウイーク、タイも連休だ。4年間一日も休まず発行しつづけている日刊のメールマガジンもコンピュータが壊れたことを口実に休載した。筆者も連休を楽しむことにしたのだ。

とはいえ、タイも観光地は人出が多いので自宅とプールでの読書の日々を過ごした。本も3冊読めた。プールサイドで仕事に関する新しい想がいくつも浮かんだ。やはり人間、充実した仕事をするためにも、時はパソコン断ちをして、いつもとは違う環境で、いつもとは違う時間のすごし方をすべきかも知れない。

 さて、冒頭のお便りだが、国際交流関連の財団にお勤めの年上の友人Kさんから届いたものだ。

ところでアイムホーム作戦とはいったいどういう意味なのだろう?

早速グーグルで検索したところ、「I'M HOME!=ただいま」とあった。「(前略)首都大災害時に自力脱出は可能か?とかなんとか言いながら歩いて帰ります。実際の場面では道路網もずたずたで歩くどころではないかもしれませんが(笑)
また、オフィスにはウォーキングシューズを備えていないと結構苦しいと思います。
革靴じゃ歩けないですねたぶん(32KMでした)
(中略)こんな休日の過ごし方も面白いです!!!
PCが使えないときの PCの実力(を感じるように)、通勤交通手段が使えないときの 実際の距離感など、リアルな実感、32KMとは どのくらいなのかを体で確認できましたから(笑)
まあ、毎年やらなくてもねえ(ハハハハ)では また・・・」
   

「まあ、毎年やらなくてもねえ(ハハハハ)」と、おっしゃるが、筆者のパソコンが壊れた通り(?)災害は、忘れた頃にやってくる。地震の多い日本では、Kさんのされたようなイベントは、やっておいた方が良いだろう。



まさにリアルな距離感を発見する、確認するという新たな気づき、というか人間本来の能力を再発見するという効用もあるかもしれない。

 
一方、タイにいると、暑さと便利さにかまけ長い距離を歩く機会がなかなかない。バンコクでは、地震で帰宅路が破壊されるということはまずないだろう。

だが、違う意味で「アイムホーム作戦」を試みてはどうだろう?



時には、社用車やBTSの利用を止めて、歩いて帰宅してみてはどうだろう?

歩く視点、スピードだから、新しい何かが見えてくるかもしれない・・・

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(2006年5月掲載)

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