2009年01月17日

第52回「『何もしないということをする』ということについて----バーンロムサイ・ゲストハウスでの気づきについて----」

 

「昨夜遅くチェンマイからバンコクへ戻ってきました。(中略)やはりバーンロムサイのゲストハウスの一泊が良かったですね。実に短い滞在でしたが、人工の音の聞こえない場所で自然の空気に包まれる・・・という時間が貴重でした。」(筆者発行のメールマガジンより抜粋)

 

去る6月23日から25日まで、久しぶりにチェンマイを訪れた。そして一泊目は、チェンマイ空港から車で約30分南西に走ったところにあるHIV孤児施設「Ban Rom Sai」に隣接するゲストハウスに宿泊した。http://www.banromsai.jp/

 

現在、抗HIV療法のお陰でバーンロムサイで暮らす子ども達にはエイズを発症する可能性はほぼなくなった。HIVに関する知識が広がり、かつてよりは差別や偏見も少なくなった。

 だが、それでもいまだに感染していると就けない職業がいくつかある。そんな中、バーンロムサイの一部の支援者の方々が、将来子どもたちが自分たちで運営できればとの思いで建てたのがバーンロムサイゲストハウスだ。それが自分たちの力で生きてゆく為の生産手段、生活手段となればと・・・。

ところが・・・

 

昨今の急激なバーツ高である。昨年春から比べても、数十パーセントの上昇だ。円建ての支援がほとんどのバーンロムサイにとって、それは数十パーセントの収入減を意味する。

 

今回は、代表の名取美和さんや名取さんを補佐する麻生和子さんらに招かれて、せっかく建てたバーンロムサイ・ゲストハウスを有効利用するための対策を講じる話し合いのために訪れたのだ。

 

早速、到着直後からゲストハウスのリビングエリアで会議が始まった。やはり顔をあわせて話し合うと、彼女たちの求めていることも良くわかる。目的が明確になれば、やることも明確だ。

 ゲストハウスという生産手段も予算確保を最優先に考え有効利用していこう・・・。

今まではあえて押さえ気味にしてきたマーケティング活動をすこし幅をひろげて積極的に行っていこう・・・などなど。運営上、あるいはマーケティング上の気づきもたくさん得られた。

 バーンロムサイの方々との会議が終わった後は、ゲストハウスのダイニングで、名取さん、麻生さんの手作りのイタリア料理の夕食を一緒に頂き、翌日のお昼までは何もせず、ゆっくりした時間をすごした。

その時間のなかで、筆者自身も多くの気づきを得られた。

たとえば・・・

小さいながらも会社を自分で経営していると、自分のもっている1日24時間を自分の裁量で自由に使える。24時間寝ないで仕事したって良い訳だ。(できるわけないが・・・)

そして往々にして、知らず知らず長時間労働をしていることになりがちだ。何か手足を動かして作業をしていると安心してしまうからだ。だが、それが本当の経営者としての仕事なのか?

 ゲストハウスのダイニングで、淡い朝日に包まれてゆっくり朝食をとるとき、瑞々しい雨季の緑の敷地内を散歩したりするとき、脳の中で「何か」と「何か」が巡り合って反応しあい、「何か」が生まれてくるのを実感した。まるで音をたてるかのように・・・。

時に、自分で意識してパソコンのない、インターネットの通じないところに身を置くことがとても大切なのだろう。


「何もしないということをする」ということだ。

なんだか奇妙な日本語だが、そうするとき何かとても貴重な価値が生まれるような気がする。 ちなみにバーンロムサイ・ゲストハウスに宿泊した翌日は、チェンマイ市内のホテルに缶詰になって、ある事業計画書を完成させようとしたのだが、机に向かっ
ているだけでは良いアイデアは生まれなかった。

バーンロムサイで「何もしていない時間」の方が生産性が高かった。 そんな気づきを得た、チェンマイ出張だった。 タイで会社を経営されている方、あるいは駐在員の方々、バーンロムサイゲストハウスへようこそ!!
(2007年7月掲載)


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2008年11月15日

第51回「もし人生がもう一度あるとしたら・・・――タイ人との結婚について:その2――」

「さて、昨夜結婚披露宴を済ませやっと今帰宅しました。(中略)70名くらいの比較的こじんまりとした会だったのですが、義理でおよびした方は一人もいないので、お蔭様でお集まりいただいた方々の暖かいご声援により、とてもすばらしい会となりました。(後略)」(筆者発行のメールマガジンより抜粋)

 

去る5月19日、その前週のタイ東北部シーサケット県での結婚式に引き続き、インペリアルクイーンズパーク37階日本食レストラン「華頂」の宴会場にて、筆者の結婚披露宴を執り行った。

 

丁度この日は筆者の43歳の誕生日でもあった。正真正銘の晩婚である。一時はタイの人との結婚などは考えず事業に打ち込もうと思っていたのだが、機会とはそうしたときにふと訪れるものなのかもしれない。

 

一応日本型結婚披露宴の進行を踏襲して、和やかな雰囲気の時間が流れていった。途中、柄にもなくケーキカットなども行った。

 

お開き間近、新郎の挨拶の直前に筆者の父親による挨拶があったのだが、一本とられた。

 

最初は硬い内容の原稿で練習をしていたので、そのような挨拶になるものと予想していたのだが・・・。

天然ボケなのか、ウケを狙ったのかわからないが、原稿を無視した独特の言い回し、ボケで、見事にご参加の皆様の爆笑を誘っていた。元銀行員とは思えないが、さすがに少年の頃宝塚歌劇団の演出家を目指し家出をしただけのことはある・・・。

 

こうなると、新郎の挨拶はやりにくくなる。

 

笑いを取った父親と張り合うわけにもいかない。こちらは堅くいこう・・・。

 

まず、新婦の田舎シーサケット県での結婚式の様子を描いた前回当欄掲載のコラムを朗読した。そのことでタイの人と結婚するということの意味を伝え、決意を語った。

 

低い声で朗読を始めると、それまで父親のスピーチの余韻で沸いていた場内がシーンと静まり聞き入ってくれた。

 

このコラムの朗読を終えたとき、大仕事が待っていた。両親へのメッセージだ。

 

筆者には、前々から両親に伝えたいと思っていたことがあった。ただ、面と向かって云うにはなかなか機会がないものだ。

 

しかし、両親が生きている間にどうしても伝えたい。伝えなくてはならないという言葉が数年前から頭にこびりついていたのだ。

 

今回、幸いにも結婚する機会を得た。

両親も 来タイする。

披露宴の最後の公的な挨拶に紛れ込ませて云ってしまおう。


機会はこれが最初で最後、他にはもうありえない。

実は披露宴を行うことが決まったときからそのように決意していた。 

ところが・・・  

実に、短い言葉なのだが、これからその言葉を口にしようと考えただけで不覚にも目頭が熱くなり、言葉が上ずってきてしまった。 

その言葉とは・・・     
「もし人生がもう一度あるとしたら、もう一度私をあなたたちの息子にしてください。嫌かもしれないけれども・・・」   

何とか聞き取ってもらえただろうか?


 声を振り絞って、ここまで話し、挨拶を終えた。

ご自身の両親の姿が脳裏に浮かんだのか、場内にはもらい泣きをしてくださった方もいたとか・・・。  
すこし湿っぽいお開きとなったが、来場者の方々と、同じ魂の震えを共有できたような気がする。 とても幸福な空間が生まれた。 

その後彼らがアーチを作り、花びらを降りかけながら送り出してくれた。

 

結婚式・・・もしかすると人生最大の癒しの場のひとつなのかもしれない・・・。

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(2007年6月掲載) 

 
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第50回「一人より二人の方がいいと思うことのほうが・・・――タイ人との結婚について――」

「行列が出発する時、村のお年寄りたちが周りを取り巻いて親族の代わりを務めてくれた。予めそれぞれの役割が決まっていたようだ。

このとき、この村、このコミュニティーに加えてもらったのだな・・・と実感し熱いものがこみ上げてきた・・・。(後略)」(筆者発行のメールマガジンより抜粋)

 

行列とは何か?

 

さる5月12日、カンボジアとの国境までわずか20数キロという、タイ東北地方最深部シーサケット県カンタララック郡で、筆者はこの地の女性と結婚式を挙げた。

 

行列とは、花嫁の実家に輿入れ(?)する際の、花婿の行列のことだ。タイの農村では、大体がこのような形式のようだ。嫁をもらうのではなく婿に入るのだ。

 

行列は、クローン・ヤオと呼ばれる長い太鼓を中心にした音楽隊を背景に、数十人から100人単位の隊列になることもある。

 

そこには通常、花婿の親族が付き添う。だが、当然この村に筆者の実の親兄弟はいない。

 

ところが・・・

 

冒頭に記したように、行列が出発する時、すぐに村のお年寄りたちが周りを取り囲んでくれた。そして、それぞれが「私があなたの父親だからね。」「私が母親よ。」と口々に云っては親族の代わりを名乗りでてくれたのだ。

 

老人たちが周りを固め、さらにその周りを、文字通り老若男女が踊りながら花婿行列は進む、・・・。それぞれの役割を演じながら・・・。

 

このとき、なにかとても暖かいものに包まれている思いがこみ上げてきた。このコミュニティーに迎え入れてくれたなあ・・・と、感じるときだった。20年もタイにいて、初めてタイの社会に受け入れてもらった、という気がした。

 花嫁の実家に到着後はじまった儀式も、進行は村の長老によって執り行われた。

この地方に住む人たちは日常、クメール語の一種を話す。

 

ほとんど新婦と一緒に祭壇の前に臥していたので頭上で何が行われていたかは詳しくはわからない。儀式自体はヒンドゥー教の影響がかなり強いのだと思う。

 

広間に飾られた祭壇も、村の老婆たちが前日終日かけてバナナの葉や、さまざまな熱帯の花を駆使して手作りしてくれたものだ。

 

式を司る長老の経文や呼びかけに従って、祭壇を中心に集まったお年寄りたちが色々な掛け声、祈りの言葉をかけてくれている(のだと思う・・・)。

 

次々に儀式が進行していく。言葉の意味は正確にはわからないものの、彼らの声を振り掛けられ、聖なる水や花びらを振りまかれているうちに、新婦との一体感が増してくる。そして、そのなかで、まるで癒しの粒子をふりかけられている感覚、不思議な幸福感を覚えていた。

 

そして突然、「ああ、終わったのだ。」という思いが沸き起こった。

 

学生の頃から始まった、アジアへの旅、長かった人生の一人旅が、やっと終わったのだと・・・。

 

これからは旅ではなく暮らし。

一人旅ではなく二人の暮らしが始まる・・・。

 

シーサケットでの式の後、京都に住むメールマガジンの読者からこんなお便り、そして素敵な俳句が寄せられた。

 「私はもう結婚してうん十年となりますが、一人より二人の方がいいと思うことのほうが多いです。子供もいない私たちには最後はお互いしかないって思っています。月並みですが、いつまでもお幸せに・・・谷田貝さんの結婚のご報告をお聞きして  

薫風に運ばれ届く吉左右(きっさそう)」

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(2007年5月掲載)
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第49回「静かな大災害とは?――猛暑について――」

「今朝のバンコク・・・やっぱり暑いです。でも、お蔭様で風邪をひいてお酒を数日間呑んでいないからか目覚めは良く、4時半にバシッと起き上がることができました。そして体調もよさそうなので、久しぶりにヨーガの稽古をしました。丁度もうすぐ満月のようで、窓から差し込む青みがかった月光の中でのヨーガ。風邪っ気も抜け、英気がよみがえったようです・・・」(筆者発行のメールマガジンコラムより抜粋)

どうやら今年はタイも少々異常気象のようだ。連日の猛暑が続いている。そんなある夜、普段は使わないエアコンをつけたまま就寝したため風邪をひいてしまった。

先日乗ったタクシーの中で聞いたラジオのDJが、「アメリカでは猛暑で数百人亡くなったが、タイでは猛暑で人が亡くなったことはない・・・」という意味の発言をしていた。

本当だろうか?

気になってインターネットでチェックしてみたところ、偶然こんな記事を見つけた。「夏の熱波で52千人以上のヨーロッパ人が死亡」http://www.worldwatch-japan.org/NEWS/ecoeconomyupdate2006-5.html

数百人どころではない。熱波で数万人の死者がでたという。

たまたま、昨年末に見た「地球交響曲」という映画の中で知った、地球環境学者レスター・ブラウンさんが、2003年に発生したヨーロッパでの熱波被害について書いたレポートだ。

彼も云うとおり、それは「後にはっきりとしたダメージや死者を残すハリケーンや竜巻とは違い」静かに人命を奪う。死亡者数だけみても甚大なのだが、「静かな大災害」なだけにタイではほとんど話題にならなかった。

しかし、このレポートを読んでから改めて今年のタイの猛暑を考えると、どうも他人事ではないような気になってしまう。

レスター・ブラウンさんは「人間活動、すなわち、化石燃料を燃焼して大気圏に温室効果ガスを排出することは、2003年ヨーロッパで非常に多くの人命が犠牲になったような強烈な熱波に見舞われる危険性を2倍にしている。将来のさらなる気象災害を避けるためには、炭素排出量を迅速かつ劇的に減少させるための一致団結した取り組みが必要である。」と警鐘をならしている。

一方・・・

「暑さで死ぬって、人間の体はそんなに弱いものなのでしょうかね?暑い国の人は年中そうなわけで、どうやって暑さをしのぐかわかってるってことでしょうか?」

普段から私のメールマガジンを読んでくれている私の若い友人で、ヨーガの兄弟弟子のTさんからこんなお便りを頂戴した。

「欧米の人は、基本的に夏が短いから、暑いとすぐ裸になって日光にあたりすぎたり、脱水症状になるなど、そういうことも原因になっているのかな、と思います。環境に応じた、ちょっとした工夫で、ある程度死者は防げるのではないでしょうか。」

確かにそうだ。ここタイでも、ファラン(欧米人)はキチンと生きている。

「もちろん地球の温暖化も大問題ですが、同時に暑さのしのぎ方を学べば、とりあえず死者は減少するのかな、と思いました。」

何でもかんでも地球温暖化のせいにするばかりでなく、機械に頼りすぎた人間の生活方法そのものも見直す必要があるのかもしれない。もともと持っている自分自身の肉体の内なる声を聞くセンス、自分自身の五感を大切にすることが大切なのかもしれない。外的環境に適応するノウハウ、知恵を身につけるなど、そういう方向に考えて見る必要があるのだろう。

エアコンをつけっぱなしで寝て、風邪をひいたばかりの筆者には説得力がないかもしれないが・・・

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(ペルシャ猫もタイは暑くて大変です・・・) 

(2007年4月掲載)  
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2008年10月25日

第48回「たくさんの孔雀が樹に佇む様子を・・・――癒しとお花について――」

「谷田貝様 何時も楽しいメールを有難う御座います。今日の写真の花は沙羅の花では?もう花の季節が終わって丸い実を付けていると思っていたのですが。(中略)

期間限定の約束ですので3年後には又ロングステイに戻る予定です。色々情報を頂きながら、心意気だけは谷田貝さんの事業を応援しておりますのでお酒を飲みすぎないよう息長く頑張って下さい(小生も毎晩、晩酌ですが)。Y シラチャ」

(筆者発行メールマガジン3月22日号より抜粋)

 筆者発行メールマガジン読者でシラチャにお住まいのYさんからのお便りだ。

先だって、来タイ以来かれこれ20年お世話になっている女医のH先生のお宅を訪問した。

 

その際撮ったお庭の花の写真を筆者主宰のウエブサイトに掲載したところこんなコメントをいただいた。

 

さて、そのお庭とは・・・

 

H先生は筆者が生まれた頃に日本の大学の医学部を卒業さたので、筆者より日本語を話している年数は長い。ご自宅はバンコク市内BTSプラカノン駅から徒歩10分。

筆者のオフィスからもすぐ近くだ。大通りから100メートルほどしか入っていないが、そこは別世界。2500坪くらいの広い敷地に、マンゴーなど熱帯果樹の鬱蒼とした木立が続く。所々に池もありアヒルや鶏もたくさん歩いている。

 

あまりに緑が濃いので、「蛇はいませんか?」と聞くと、「昔はたくさんいたようだけど、庭師が捕まえて大体食べちゃったわ。」とのこと。

「食べちゃったんですか・・・」

 何はともあれバンコク市内にこんな自然の空間を個人で持っていること自体凄いことだと感心し、その感動をメールマガジンの読者に写真でお裾分けしようと思って撮った数枚の写真の中に、Yさんご指摘の花があったのだ。

沙羅の花というのか・・・。

筆者はお花の名前に詳しい方は無邪気に尊敬してしまう。お花の知識がある。すなわちお花を愛でる心をお持ちだからと思うからだ。

それは、人生をとても豊かにする。

美しいものを観ることは心も美しくするはずだ。お花を愛でる心の余裕があれば、他人(ひと)の痛みを感じ、優しくなれるのではないか?


心も健康になるとは、そういうことだろう。


ニュースによると、猛暑によりタイの最大電力が過去最高の記録を更新したという。タイもいよいよ本格的な暑季の到来だ。

暑季といえば、タイではお花の季節。季節感の乏しいといわれるタイだがとんでもない。


この時期は色さまざまなお花が咲き乱れ私たちの目を楽しませる。

ちょうど今は、黄色い花弁が青空に眩しく映えるラーチャプルック(=英名ゴールデンシャワー)が満開だ。もう少しすると、ハーン・ノックユーン(=直訳すると孔雀の尾。日本名:鳳凰木)も緑の大樹に真紅の花をつけることだろう。それは文字通り、たくさんの孔雀が樹に佇む様子を連想させ胸をうつ。


美しいお花、それは見る人の目を、そして心を癒し涵養する。この時期、タイの暑さに耐えかね日本に逃げ帰るロングステイ組の方も多い。

もったいない話だと思う。

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(沙羅の花です。)

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(敷地内にはアヒルや鶏が・・・)

(2007年4月掲載)

 
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2008年10月24日

第47回「それを昇華させるほどの癒しの力をもつ歌とは・・・――癒しと音楽について――」

「私のお墓の前で、泣かないでください そこに私はいません 眠ってなんかいません千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹き渡っています・・・

NHKの紅白歌合戦で紹介されて以来、爆発的な人気になっているこの曲を、谷田貝さんはもうどこかでお聞きになりましたか?」

(筆者発行のメールマガジンから抜粋)

 

聞いたことがなかった。ネットの「無料音楽サイト」でも流れているとのことだったので、早速アクセスして聴いてみた。昨年末のNHK紅白歌合戦で、秋川雅史さんというテノール歌手が歌ったのだそうだ。

 

冒頭のお便りは東北のある県で高校教師をされているある女性からのものだった。それは以下のように続く・・・

 「ここ数年のなかで最高のラブソングだと私はおもって聞きました。感動しました。

これまで30年の教員生活で、4人の教え子を失いました。

筋ジストロフィー15才、心臓麻痺17才、子宮癌17才、そして自殺18才、、その都度 胸を引き裂かれる悲しみを味わってきましたがこの歌は、そういう想いの全てを昇華させる力を持っています。

大切な人を亡くしやりきれない思いでいる全ての人、どれほど沢山の人がこの歌で救われてることか・・・(後略)」

 

教師として教え子が亡くなる事ほどつらいことはないだろう。それにしても、それを昇華させるほどの癒しの力をもつ歌とは・・・。

 

このお便りをメールマガジンで配信した後すぐに、介護関連のお仕事をされている女性Nさんからお便りが届いた。

 「毎日のメールマガジンを楽しみにさせて頂いています。今日の谷田貝さんのお言葉通り『音楽』は本当に一人一人に大きな意味があるようです。(中略)

先日特養を訪問した時、丁度おやつの時間でした。みなさんゴマプリンを美味しそうに食べ始めた時、職員さんが『東海林太郎』のCDをかけたとたん、皆さんの表情が変わりました。そして多くの方が(認知症の方も)口ずさんでいました。そして『たまにはこういう音楽もいいね〜』と言う方がいました。

 その人にとっての『音楽』が必ずあると思います。私達が考えるよりずっと大きな力があると思います。日本もまだまだ『音楽療法』は発展途上ですが、きっと良い方向で進んでいくと思います。(中略)私だって理屈でなくある曲を聴くと涙が出てくることもあります。これからもできるだけ『生』の音楽に接していけたら幸いと思います。(後略)」 

ある曲を聴くと涙が・・・
 

筆者も一昨年、加藤登紀子さんが来タイ時におこなったリサイタルで泣いた。彼女が喜納昌吉さん原作の「花〜すべての人の心に花を〜」を歌い、そのサビの「泣きなさ〜い、笑いなさ〜い♪」の箇所でその歌詞の通り突然涙腺が壊れたのだ。
 

あまりに唐突だったので、自分でも驚いた。
 

しかしその後、なんともいえない幸福感に包まれた。歌を聴き、心を震わせ、涙を流すことは魂を浄化するのだろう。
 

Nさんがおっしゃるとおり、その人にとっての「音楽」というものが確かにあるのだ。 
 

貴方には、聴くと涙が出てきてしまいそうな歌があるだろうか?

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(写真はイメージです。)

(2007年3月掲載)
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第46回「日本の医療や介護の一部を、タイが担う日が?――リハビリ難民について――」

「さて、昨日は午前中バンコク病院で行われた式典に参加してきました。日本人患者向けサービス『ジャパンメディカルサービス(JMS)』の開設30周年だそうです。http://www.bangkokhospital.com/japanese/default.asp(中略)普通この手のパーティーは形式的で退屈なのですが、(今回は)充分楽しめました・・・」(筆者発行の日刊メールマガジン掲載の日誌より抜粋)

それというのも式次第が盛りだくさんだったからだ。病院側の挨拶もそこそこに、来賓の旅行作家・下川裕二さんの講演、バンコクで活躍する若手俳優グループ・ワサビマンによるショー、タイ伝統舞踊を人形劇で表現するジョールイスシアターのショーなど興味深い内容が続いた。

実は開会前に、友人のSさんの紹介で下川裕二さんと少しお話をしていたこともあったのだが、とりわけ彼の講演を拝聴出来たのは有意義だった。

ご友人の母上がパーキンソン病を患っておりつきっきりの介護が必要とのこと。ご病気の母上はもちろんだが、下川さんのご友人も介護疲れが激しい。そのため、移住ではなく、一時期であってもタイでの母上の介護、そしてご友人にとっての介護休暇の実現を模索したことがある、その経験の中で、将来日本の医療や介護の一部を、タイが担う日がくるような予感がる・・・と、そのような趣旨の講演であった。

それは実は、筆者が現在取り組んでいるテーマでもある。丁度今、筆者の経営する会社でも脳梗塞の後遺障害をお持ちの方(50歳、男性)のお世話をさせていただいている。1月から3ヶ月の予定でバンコクに滞在されている。宿泊は通常のサービスアパートだが、筆者の会社の社員である介護師をほぼ毎日アテンドさせて、リハビリへの通院、その他身の回りのお世話をさせていただいている。

このような形ででも、下川さんのご友人の介護疲れを癒していただければと思った。 昨年春、日本の診療報酬制度が改定された。リハビリの日数制限が導入されたのだ。以来、所定の日数を超えリハビリを受けることが出来なくなった患者さんが急増している。

そのような方々を指してリハビリ難民と呼ぶのだそうだ。自らも脳梗塞の後遺症をもつものの、リハビリを続けたお陰で、「単なる機能回復ではない。社会復帰を含めた、人間の尊厳の回復」を果たせたという東京大学名誉教授多田富雄さんは「リハビリ中止は死の宣告」と題して朝日新聞に以下の投稿を行った。

「今回の改定によって、何人の患者が社会から脱落し、尊厳を失い、命を落とすことになるか。そして一番弱い障害者に『死ね』といわんばかりの制度をつくる国が、どうして『福祉国家』と言えるのであろうか。」
060408日:朝日新聞から抜粋 


上述の男性も昨年の4月から起算し6ヶ月目からリハビリの保険適用を打ち切られた。それから約2ヶ月、来タイするまでの間一切のリハビリを受けることが出来なくなった。

来タイ時は、昨年夏にお会いしたときよりも麻痺した右手の膠着が進行してしまったように見受けられた。 この方は恐らく、今年の春以降、タイへ移住されることになるだろう。「将来日本の医療や介護の一部を、タイが担う日がくるような予感がする・・・」

下川さんの予感が、今、現実のものになろうとしている・・・

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(バンコク病院の国際病棟)

(2007年2月掲載)   

2008年10月17日

第45回「食塩水を一気飲みし、それを・・・――浄化法について――」

「起床:05:30 ヨーガの稽古。終わりに胃の洗浄初体験。2リットル位の食塩水(人肌の温度)を一気飲みし、それを・・・」(筆者発行の日刊メールマガジン掲載の日誌より抜粋)

 

さて、それをどうしたか?読者には判るだろうか?食事中の方はこれ以降は読まない方が良いかもしれない・・・。

 

ヨーガの技法には大きく分けて6つあるといわれている。良く知られているのはアーサナ。「静的なストレッチングを含んだ特定の姿勢のパターン。心と身体を安定させ、心身の機能全体の調和を図る技法」(A先生作成講義ノートより)。

 ヨーガというと、独特の姿勢をとった行者のイメージを思い浮かべる方が多いと思うが、それがアーサナだ。その他にプラーナーヤーマ(呼吸法)、メディテーションなどがある。

それと同時に重要な構成要素としてクリヤ、身体を浄化する技法がある。クリヤの目的は、「内臓や組織を形成している細胞の適応能力の幅を広げ、反射反応への閾値を変化、異なる反射神経をコントロールすることで、心理的・生理的なバランスの維持に貢献」することだ。(前出の講義ノートより)

実は、つい最近のベトナム出張時少々食べ過ぎ呑みすぎたこともあり、ここ2週間ほど胃腸の調子が悪かった。健康を旨とする筆者としては非常に珍しいことだ。

そこで昨年のヨーガ合宿の際には先輩の実技を見学させてもらっただけだったクリヤの技法のひとつ、ダウティ(Dhauti)に挑戦してみることにした。

方法は冒頭のように早朝の空腹時に行った。人肌程度に暖めた食塩水を約2リットル一気に呑み込む。好みによってマナオ(ライム)を絞っても良いようだ。果たしてうまくいくだろうか?

「2リットル位の食塩水(人肌の温度)を一気飲みし、それをマーライオンのように一気に(吐き出した)・・・。辛いけど気持ち良い・・・。」(筆者発行の日刊メールマガジンより抜粋)

案ずるよりうむがやすし。自然に嘔吐反射がおき、飲み干したばかりの食塩水が勢い良く吐き出された。最初は「うまく吐き出せなかったらどうしよう?」などと少し不安感もあったが、吐き出しきってしまうと、不快感よりも爽快感のほうが大きかった。

胃の疾患の予防・治癒ばかりでなく、風邪気味のときも予防効果があるそうだ。まだ一度だけの体験だが、それ以来胃を「組織を形成している細胞の適応能力の幅」が広がり、消化力が高まったような気がする。

ヨーガの稽古を通して自分の体内の声に耳を傾け、自分の体調を調整する「癒しの知恵」をひとつ身につけたように思う。

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(2007年2月掲載)
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第44回「リスクを回避する知恵を・・・――連続爆弾テロに思うこと――」

「とんだ出来事が『踏ん切り線』となってしまった・・・」

 

既に殆どの読者がご存知かと思うが、昨年の大晦日から元旦未明にかけてバンコクで連続爆弾テロが発生した。

 

原則的に当欄では暢気な話題だけを取り上げてきたつもりだし、その方針はこれからも変わりはない。しかし、今号だけは例外だ。

 

爆発が発生したサパンクワイ、戦勝記念塔周辺などは、まさに爆発の当日、あるいは前日に、筆者がのほほんと歩いていた。そのわずか数時間後にこのようなことが起こるとは・・・。

 

亡くなった方、負傷された方に対しては気の毒としか申し上げようがないが、彼らが被害に遭い、私が爆発に遭遇しなかったのは地球規模の時間軸で言えば極く一瞬の違いでしかない。

 

運命の機微を感じざるを得ない。

 「来年はやっと後厄も明けます。大きく具体的な舵を切りたいと思います。仕事も、プライベートも・・・。

今日の大晦日、どこかに『踏ん切り線』を引いて、それを跨ぐセレモニーをしようかと思っています。」

 

筆者が発行している日刊メールマガジンの昨年12月31日大晦日号では、まだ暢気に、筆者の厄が明けることにちなみ、それを「踏ん切り線」と名づけて書いていた。数年来考えてきたことを、厄が明けたことを契機に「踏ん切り」をつけて開始しようということだ。

 

事業についていえば、今までやってきた内容からは大きく異なることを開始しようということだ。

 昨年9月のクーデター発生以来、旅行業的な手法の事業だけに頼っていては起業のミッションは達成できないなと感じていたのだが、今回のテロ発生で、「暢気に構えている場合ではないぞ。」と、その確信をより強くした。 

そしてもうひとつ予感されたこと、それはバンコクで暮らす上でのストレスが増えるだろうなという事だ。タイ人も、我々外国人も・・・。 果たして爆弾テロの危険から確実に回避する方法はあるのだろうか?ここバンコクで都市生活をするのであれば、それは不可能なことだろう。

ますますストレスが増える日常生活からのリスクを回避する知恵を、それぞれの個人が持たなくてはいけない時代になったのだ。

 ストレスというのは、必ずしも社会の近代化からだけ感じるものではないからだ。

すこし論理の飛躍に聞こえるかも知れない。

 だが、ヨーガや瞑想を通じて心を修練することの大切さを改めて感じる

連続爆弾テロ・・・

 

それにしても、とんだ出来事が「踏ん切り線」となってしまったものだ・・・。

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(2007年1月掲載)
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第43回「早起きの効用」

「谷田貝さんに対する素朴な疑問・・・就寝時間は遅いのに、どうして早起きできるのだろう・・・?(静岡の看護師、Yさん)」

 

筆者は、約8年ほど前から朝4時半起床を日課にしている。

日刊のメールマガジンに毎日の日誌も公開しているので、時々このような読者からの質問を受けることがある。

 時には呑みすぎる日もあって、必ずしも毎日というわけではない。だが、大体平均すると、5時から5時半には起きている。6時になってしまったときには、大層な寝坊をしてしまったような罪悪感がして一日気が重くなる。

以前、旅行会社に勤務しているときは夜型だった。バンコクという場所柄、お客様を接待する機会が多い。深夜到着のフライトのお迎えもある。どうしても帰宅が遅くなり、それにあわせて起床時間も出社ギリギリになっていた。

ただある時、必要に迫られ、まとまった勉強の時間をとらなくてはならなくなった。今の会社を起業する準備である。

上述の通り、夜は自分の時間を取ることが出来ない。まとまった時間を取るには朝しかない。よって、やむを得ず早起きになったのだ・・・。

もちろん最初は苦労した。完璧な夜型から朝型へ・・・。早起きの習慣をつけるのには大変だった。

では、「どうして早起きできるのだろう・・・?」。以下は筆者が考える、早起きをするコツのようなものだ。

その1.早寝・早起きではなく、早起き・早寝の順番で調整すべし。

いつもより早く寝ようとすると眠れない。するとそれがストレスとなって益々眠れない。まずはいつもどおりの時間に寝る。翌朝は無理やり早起きをして寝不足の状況をつくる。そうするとその日一日は眠くてしかたない。夜はスムースに眠りに落ちることができる。

その2.昼寝をしない。

早起きを始めたばかりの頃は、日中無茶苦茶眠くなるときがある。しかし、ここで寝てしまってはダメだ。つらくても夜まで起きている。昼寝は睡眠のリズムを崩すし、何より起きたあと頭が痛くなる。少なくとも筆者の場合は。

夜まで我慢して床に入り目を閉じると、遊び疲れた子供のように、他愛無く深い眠りに落ちていく。グッスリ眠り、翌朝は早起きする。

以上の2点を実行していけば、だんだん規則正しいリズムで過ごせるはずだ。さて、やむを得ずはじめた早起きだが、その効用は思ってもみないほど素晴らしいものだった。

朝の一時間は、夜中の3時間に匹敵する。集中力が増し、効率が上がる。昨夜まで悩んでいたことが嘘のように解決する・・・。

早起きの効用はそれだけではない。

「今朝のバンコクは、まだらな雲の多い空模様でした。東の空が段々明るくなります。靄がかかった大地に熱帯の太陽がユックリと昇って来ました。それを眺めながら深呼吸を繰り返します。朝日をユックリ鑑賞すること。とても贅沢な時間です。」(筆者発行のメールマガジンより)

朝、まだ暗いうちの空気には凛とした霊性が宿る。早起きすることで、それを感じることができる。自分自身の霊性を高めることができる。

心に余裕をもち、一日を活動的に過ごす活力をその空気からもらうことができる。早起きは、健康な暮らしを続けるため、誰にでも直ぐに実行可能だ。小さいけれども確
かな癒しの知恵なのかも知れない。  


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  (2007年1月掲載) 
posted by バーンタオ at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | ウエルネス(健康関連)