2009年03月03日

第63回「『賢い生き方のススメ』とは・・・」

「企業で働く65歳以上高齢者200万人・昨年、4年で3割増http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20080418AT3S0801Y17042008.html
公的年金を受け取れる65歳以上になっても企業で働く人が2007年に初めて200万人を超えた。人手不足の企業が経験の豊かな高齢者を雇っているうえ、定年後も働き続けたい人が増えていることが背景にある。(後略)」
先日、こんなニュースが目に留まった。

人間、やはりのんびりしているだけでは駄目だという考えの方が多いということだろうか。あるいはまた、不安感の漂う世の中、年金だけではどうも心配という方が増えたということもあるだろう。

そんな中、年上の友人でノンフィクションライターの戸田智弘さんのインタビュー記事がNTT関連のサイトに掲載された。http://www.nttcom.co.jp/comzine/no059/wise/index.html
戸田さんは昨年『働く理由−99の名言に学ぶシゴト論。』(ディスカヴァー・トゥエンティワン を出版し、8万部を越すベストセラーとなって話題になった。そしてそれより数年前には『職在亜細亜 職はアジアにあり!』(実業之日本社)という、日本でリストラをされた中高年のエンジニアがアジア諸国でがんばっている・・・というテーマの著書を出している。その取材の際のコーディネーションを筆者が担当し、戸田さんとは親しくなるきっかけとなった。

さて、上述のサイトのインタビューの中に、以下のような一文があった。
「以前、リタイア後に海外に移住した方々を取材したことがあります。ゴルフをしたり旅行に行ったりしてのんびり暮らしている方が多く、一見、羨ましいことなのですが、実際はボランティアや仕事をしている方のほうが、生き生きとしている感じがありました。結局ゴルフも旅行も、生産活動ではなくて消費活動だから、人とのつながりを十分に感じることはできません。(後略)」

その通りだなと思う。

筆者は最近、人間の幸福とは、心身とも健康であるということと同時に、他の人たちとの豊かな関係性にあるのだと思うようになった。
今回上述の二つの記事を読み、人との豊かなつながりを感じることの出来るコミュニティ作り、目的作りの示唆が、筆者の使命のひとつなのだと改めて考えるきっかけとなった。

『働く理由−99の名言に学ぶシゴト論。』のなかにこんな記述がある。
「働くことが単にお金を得るということであるならば、ビル・ゲイツはとっくに仕事をやめているはずだ・・・」と。
ビル・ゲイツに限らず、もう定年を迎え、悠々自適に暮らせるであろう人たちも働こうとするのはなぜだろう?
やはり「働くこと」を通じて、「人とのつながりを十分に感じること」を求めているからではないだろうか?
(谷田貝)




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2009年01月31日

第56回「『人間の幸福ってなんだろう?』―GNH(国民総幸福)について―その3」

「あれ?全然悲惨じゃないじゃないか?」

学生時代の旅が、自分の凝り固まっていたアジアや途上国への先入観を覆したと前号で書いた。

 

厳しい現実もあるだろうが、そこで目にした「豊かさ」や「幸福」を象徴する光景が強烈であったと・・・。

 

以来、「人間の幸福ってなんだろう?」が、筆者の人生のテーマとなった。

 

その答えのヒントがアジアに、そしてここタイにありそうなので、大学を終えてすぐにバンコクにやってきた。19884月のことだ。

 

その後、約20年の歳月の流れの中で、東洋医学的な健康観やウエルネスという概念との出会いがあった。実際にその分野で活躍する方々や、病気や事故で後遺障害を負ったものの、タイに来て様々な治癒を経験されたという人との出会いがあった。

 その経験のなかから、「タイには人を癒す力があるんじゃないか?」人間にとって「健康こそ幸福の基盤」なのではないか?

という仮説がうまれた。

その直後に筆者は前号で記述した会社を設立した。

筆者は医者でも科学者でもない。この仮説の証明をしようとは考えなかった。事業の実践者として、ただ淡々と沢山の事例を残したいと考えるだけだった。

 しかし・・・最近、「それでは社会は変わらない。」と考えるようになった。下記の言葉が、起業時の筆者のメモ帳に書きとめてある。「私たちの力だけで社会を変えようとしているわけではありません。私たちの事業を社会が変るときのモデルにしたいと考えているのです。」

(大地を守る会会長 藤田和芳氏)http://www.daichi.or.jp/index2.html

 

筆者も、筆者の事業を、社会を変えるモデルにしないといけない。それには、事業のミッションやコンセプトを論理的に普遍性のあるものにしないといけない。そのためには・・・。

 

そこで出会ったのが、GNH研究所でありH代表であった。

   http://www.gnh-study.com

 

既存のメンバーは、主にブータンでの国際協力実践者たちだ。その経験に基づいて、幸福とは何か?豊かさとは何か?を学術的なアプローチで真剣に考えている人たちがそこにいることを知った。

 

既述の通り、筆者は学者でも国際開発の専門家でもない。学術的な論を立てるのは苦手だ。感覚的に物を言う癖がある。

 

しかし、それでは人に伝わらないのだ。まして、社会を変えることなどできやしない。

 

GNH研究所に参加することで他の研究員からさまざまな意見を伺い、自分のやってきたこと考えてきたことを論理的に構築し、人に伝える。その訓練をさせてもらえればと思う。

 

そして、自分の事業を通して、社会を変えたい、世の中を幸福な人であふれるようにしたいと考える。

 

最近、「健康」はもちろんだが、それと同時に「関係性の豊かさ」も幸福の基盤なのではないかと思うようになった。

 

このようなこともこの場、GNH研究所で、キチンと人に伝わるように訓練させていただきたいと思うのだ。

 (2007年12月掲載)  


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2009年01月27日

第55回「『人間の幸福ってなんだろう?』―GNH(国民総幸福)について―その2」

「(前略)私は、現在タイのバンコクで、主に障害をお持ちの方を対象にしたバリアフリーツアー、リハビリを目的とした長期滞在(ロングステイ)支援の仕事をしています。滞在中にタイの自然体験・文化体験・人との交流をしていただき魂を揺さぶり、心身の健康の維持・増進・回復を図っていただくことが目的です。そもそも、この事業を始めたきっかけのひとつとなったのは、学生時代のネパールの旅でした。(後略)」GNH研究所に提出した自己紹介文より抜粋。http://www.gnh-study.com/index.php )

今から二十数年前。その頃の筆者は、書物や新聞だけの知識で凝り固まり、第三世界の最貧国のひとつネパールは悲惨な状況に違いないというイメージを抱えてカトマンズの空港に降り立った。ところが、数日もしないうちにそのイメージはぼろぼろと崩れ去ってしまった。

 

ある日、ある地方の村で親しくなったネパール人に、彼も日本人の友人ができたことを自慢したかったのだろう、村中の親戚の家々を連れまわされた。

 

どこも貧しい農家で、まずは納屋に招き入れられる。土間では大体農婦たちが数人何やら作業をしている。縄を紡いだり、農具を直したり、赤ん坊をあやしたり。

 

すると、どの家でも、奥から自家製の焼酎が汚いコップに注がれて出てくる。煎った大豆が肴として供されることもある。

 土間の農婦が何かを云っている。友人がそれを英語に通訳し私に伝える。

「あんたは何歳だ?」

大体こういった感じだ。大した質問ではない。

「20歳ですよ。」

と答えると、皆で腹を抱えて大笑いする。何故だか判らない。

「あんたは学生か?」

「はい。そうです。」

大笑い。

何故だか判らない。

「あんたは結婚してるのか?」

「してません。」

大笑い。

何故だか判らない。

「兄弟何人だ?」

「二人です。」

大笑い・・・・

とにかく筆者が答え、友人がネパール語に通訳するたびに土間の農婦たちが大笑いする

「あれ?何故だか判らないが、全然悲惨じゃないじゃないか?」

筆者の目から鱗が落ちた瞬間だった。

質問など何でも良いのだ。ただこうして、皆と一緒に共通の空間で時間を過ごすことが心地よく楽しいのだ。

幸福なのだ。

確かに厳しい現実もあるだろう。

しかし、その後のネパールやタイの旅で筆者の印象に残ったのは、こうした「豊かさ」や「幸福」を象徴する光景ばかりだった。

以来、「人間の幸福ってなんだろう?」を追求することが、筆者の人生のテーマになったのだ。
(次号に続く)
(2007年11月掲載)


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2009年01月24日

第54回「『人間の幸福ってなんだろう?』―GNH(国民総幸福)について―その1」

「それ以来、『人間の幸福ってなんだろう?』が、私の人生のテーマになりました。

そのヒントがアジアに、そしてここタイにありそうなので、学生を終えてすぐバンコクにやってきました。(後略)」(GNH研究所に提出した自己紹介文より)

 

この夏、筆者はNPOGNH研究所の研究員となった。http://www.gnh-study.com/index.php

 GNH(国民総幸福)という言葉を聞いたことがあるだろうか?

ブータンと言う国は昨年のプミポン国王在位60周年記念式典に際して、皇太子(当時)の来タイが注目されたのでご存知だろう。

GNHは、その父ジグミ・シンゲ・ワンチュク元国王が1976年スリランカでの非同盟会議後の記者会見で初めて言及する。
 

「国民総幸福量(GNH)の方が国民総生産(GNP)より重要なのだ」と。このとき国王は若干24歳だった。

筆者は、そのブータンで長くボランティア活動に従事し、現在はバンコクで暮らすGNH研究所のH代表と昨年来交流を深めるようになった。どうやら目指す方向が同じらしいので研究員にならないか?とのお誘いをいただいたのだ。

GNH研究所ではGNHを以下のようにとらえている。

GNHは、私達が進むべき社会のあり方に対してある方向を示している。経済成長を追及し続けた先達たち。その功績は大きく、多くの人々は『物質的な豊かさ』を満喫することを知った。だが現在、多くの人々はその生きる意義や価値を見失い始めている。『貧しくとも心豊かであればそれなりの幸福感のある社会が実現できるのではないか』。GNHは、現代社会に対しての『次世代への羅針盤』である。(後略)」(GNH研究所HPより抜粋)


GNHという言葉が、Gross National Happinessの略であり、国民総幸福量と訳されているという知識はあった。だが、それはひとつのスローガンのようなものと理解していた。このひとつの言葉を突き詰めて研究し、社会に還元しようとしている人たちがいるとは知らなかった。

代表のHさんは、「私はGNH自身の数値化よりGNHを感じることが出来る環境整備に対しての数値化が良いのではと思っております。またGNHは他国への応用は可能で、特にアジア農村社会においては応用可能な概念だと考えています。」(GNH研究所HPより抜粋)


 同感だ。

ブータンで生まれた概念が、タイやその他アジアの農村に根付き、命が吹き込まれる・・・。とても素敵だ。


「貧しくとも心豊かであればそれなりの幸福感のある社会」か・・・それはかつてどこかで見た光景だ。


筆者の今の活動も学生時代バックパッカーをしている時に抱いた「人間の幸福って何だろう???」というクエッションから始まった。気づきの場所はブータンの隣ネパールだ。


以来20年。来タイ後、様々な経験を重ねる中で「健康こそ幸福の基盤」という理念・命題を得るに到った。だがこれも数値化は難しい。


にもかかわらず、同様に数値化しにくい「タイは癒しの大地である」という仮説を立てて事業を始めた。


しかし最近、理念をもっとしっかり構築、普遍化すれば、その事業は数値化、マニュアル化ができると考えるようになった。


その過程にNPO・GNH研究所との出会いがあったのだ。
(次号に続く)
(2007年8月掲載)  

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