2009年05月12日

第69回「自分の親を住まわせたいと思って作ったのかどうか?―タイ老人ホーム事情―」

確かに土地はのどかに流れる河に向かって明るく開け、とても気持ちの良い場所でしたが、すこし拍子抜けしてしまいました。」(筆者発行のメールマガジンより抜粋)

二月下旬の午後、バンコクから西に車で約1時間、ナコンパトムの老人ホーム開設予定地を視察した。その数日前、バンコク市内の大手総合病院院長と面談した際、ナコンパトムに所有する土地に日本人用ロングステイ村を作りたいと相談を受けた。

同様の話は筆者の起業以来約10年の間に山ほどあった。殆どが「土地はある。投資家を探せ」。故に日の目を見たものは未だない。

「院長がそれに本気で取り組むつもりがあるんだという、“何か具体的なもの”を見せたほうが良いと思いますよ。」と意見したところ、「それならその土地の近くの別の区画に老人ホームをやろうと思って作った建物がある。」といわれ、早速見に行ったのだが・・・。

ターチン河という、熱帯アジア特有のゆったりした流れの河に面して、院長が所有するその広大な土地は広がっていた。門を通りぬけ、奥に通じる道路の両側に一本数百万バーツもするという銘木が何百本と立ち並んでいる様は壮観だ。その管理のために雇われた人たちが、多数立ち働いている。
 木のためにこれだけの人員を配しているのだからさぞや・・・と期待が膨らんだのだが・・・。

門から数百メートル行ったところに、「とりあえず・・・」という感じで建てられた巨大な体育館があった。コミュニティセンターか何かと思ったのだが、そうではなかった。中に入るとまさに天井の高い体育館なのだが、広間の両側に15部屋ずつ計30部屋の居室がある。一部屋20平米くらいだろうか?

つまり、ここが、生活空間なのだ。以前、バンコク市内で視察した公立の老人ホームを思いだした。刑務所か精神病棟を連想させる、冷たい造りが共通している。ここは常夏の国のはずなのに。

いつもどうしてこうなってしまうのだろう?

建てた院長本人は、例えば自分の親や親族をここに住まわせたいと思って作ったのだろうか?筆者の会社では脳梗塞などの後遺障害をお持ちの方々の滞在のお世話をさせていただいている。数ヶ月から通年バンコクに滞在しリハビリすることをお勧めしているのだ。介護士やヘルパーをほぼ毎日アテンドさせて、リハビリへの通院、その他身の回りのお世話をさせていただいている。

だが、現在宿泊は通常のサービスアパートで、独自の施設をもてないのが最大のジレンマだ。お客様の人数が増えるにつれ、安心して暮らせる滞在施設を設け、集中してサービスを提供させていただきたいと切望している。それ故、上述のような話があればいそいそと出かけていくのだが・・・。

2006年春、日本の診療報酬制度が改定されリハビリの日数制限が導入されて以来、所定の日数を超えると充分なリハビリを受けることのできなくなった患者さんが急増している。そのような方々を指してリハビリ難民と呼ぶのだそうだ。

リハビリは「単なる機能回復ではない。社会復帰を含めた、人間の尊厳の回復」という東京大学名誉教授の多田富雄さんは「リハビリ中止は死の宣告」と題して朝日新聞に以下の投稿を行った。
 

「今回の改定によって、何人の患者が社会から脱落し、尊厳を失い、命を落とすことになるか。そして一番弱い障害者に『死ね』といわんばかりの制度をつくる国が、どうして『福祉国家』と言えるのであろうか。」060408日:朝日新聞から抜粋 

本来、医療や介護は、国家百年の計ともいえる崇高な事業だ。筆者の上述の事業を指し、邪道だと酷評した日本の医療者もいた。しかし、今リハビリの必要な患者さんには、日本の医療制度が改善するのを待っている時間などないのだ。

旅行作家の下川裕治さんは、バンコクのある病院での講演の際、「将来日本の医療や介護の一部を、タイが担う日がくるような予感がする・・・」 と語った。筆者も、非常に近い将来日本の医療や介護の一部を、タイが担う日がくると確信している。ただし、それは、日本とタイの現場で苦労をしている患者、患者の家族、医療・介護に携わる人たちが知恵を出し合い、その協働が実現したときなのだが・・・。

(谷田貝)

(2009年2月掲載) 
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2009年03月24日

第66回「生まれてからずっと――チェンマイの障害者施設訪問記――」

11月上旬の週末を利用し、二十数年前から在タイし、タイでのNGO活動に詳しいSさんのご案内で、チェンマイを旅してきた。

往復を自動車で移動するのは初めての体験だった。片道約7時間の道中、タイ中部から北部にかけての植生や地形の変化が楽しめ飽きることはなかった。タイの平野部は風景の変化に乏しいといわれるが、そんなことはない。街道筋の道路傍で売られる農産物もその土地土地で変化が見られる・・・。

 

チェンマイ滞在中、駆け足ではあったが、障害をお持ちの方の共同生活施設、HIV感染者(タイ人女性)の共同作業場、義肢を作る財団、職業訓練センター(障害者向け)などを訪問した。


雨の日曜日の朝、最初に訪問したのはS財団。
ここはチェンマイ市内を流れるピン川の近くの新興住宅地に隣接している身体の不自由な方々の「暮らしの場」だ。緑の多い広い敷地の中に清潔な建物が点在している。お休みなので事務職員のような方はいない。私たちが到着すると、入所者の方々が出てきてくれた。男女全部で25人が生活している。

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しばらく施設をみてまわったあと、何人かの方にどれくらいの期間滞在しているか?聞いてみた。すると・・・

 

「生まれてからずっと・・・」

 

という方が実に多かった。つまり入所者が固定され、新しい入所者もほとんどないということだ。
タイは、道路や建物のバリアフリーが進んでいない。年金など制度面の問題もあるだろう。自宅や地元コミュニティーに戻って生活するということがなかなか難しいことも良く分かる。


ただ、今回訪問したボランティア団体がそうだというわけではないが、大きな組織も小規模な組織も、一定の援助が受けられるようになると、障害者の現状を維持することで収入を確保する、健常者のための一種のビジネスのようになってしまうこともありうるのかな・・・と感じてしまった。

 

このような主旨のことを筆者が主宰する任意のコミュニティ:バーンタオ村の日刊メールマガジンで会員に投げかけたところ、今年日本でアジアとの草の根交流を推進するNPOを立ち上げた若い友人からのメールをもらった。

 

「チェンマイでは色々とご視察されたんですね。『障害者の現状を維持することで収入を確保する、健常者のための一種のビジネス、、』とありましたが、やはり組織維持、人件費・管理費を得ようとすると、どうしてもそのような傾向があると思います。(中略)日本のNGO/NPOでは、どうしてもそのようなジレンマがあるのが現状で、健全な組織運営という意味では、食いっぷちは各々が持っていた方が、まだ良いのかもしれません。」

 彼は北タイの山岳民族の村に住み込んで活動したり、大手のNPOでの活動体験もある。

彼が今回立ち上げたNPOは人件費、管理費という固定費を寄付などからださないようにしているそうだ。従って、活動する彼本人の食いっぷちをどのように生み出すかが、目下の課題だそうだ。 


筆者はボランティアの世界で汗をかいているわけではない。こんなことを言うべきではないということは重々承知だ。しかし健気に対応してくれた車椅子の女の子たちと言葉を交わしていると、上記のジレンマが頭に浮かんでしまいチェンマイからバンコクに戻ってもしばらく考え込んでしまった。

 

タイに住まわせてもらっている者として、タイ社会の暗部に灯を当てたいという決意はある。どのような立ち位置で関わるか、それを今回の旅を題材に考えるつもりだ。

 

冒頭のS財団内のショップでは、押し花細工やレース織りなどを製作販売している。
まずは、こうしたものをまとめて購入し、細々でも継続して通販で流通していく仕組みを作れないかな?と思った。軌道に乗れば、彼ら彼女らが自前で経営するショップが、施設を出て、チェンマイ市内の目抜き通りに出来上がる、ということを夢想してみたのだが・・・いかがだろうか?
(谷田貝)

(2008年11月掲載)

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2008年10月08日

第42回「介護士養成学校訪問記」

「ASEAN、看護師資格を相互承認へ

 東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国は各国の看護師国家資格を相互に承認する。(後略)」日経新聞インターネット版より。

http://www.nikkei.co.jp/news/kaigai/20061123AT2M2201Q22112006.html

 

短い記事ではあったが、衝撃を受けた。

 要は、資格さえ満たせば、就職の為に域内を自由に動き回れるということだ。将来のASEANの経済統合をにらんだ制度といえるだろう。ASEANはEUと違い、それぞれ違う宗教、文化の国々の集合体だが、すでにこのような制度が実行に移されようとしているのだ。
 

将来バンコクの病院にかかって、「看護師さんがフィリピン人だった・・・タガログ語で挨拶したよ。」などということが日常の風景になる日がくるんだろうか・・・。

 一方日本は・・・ 最近、将来の介護面での人材確保を念頭にした日本の介護関係者、人材派遣関係者の視察が活発化する様相を呈してきた。
 

筆者も冒頭の記事を読む前日まで、日本からお越しの介護関係者をお連れして、バンコク市内数箇所の介護士養成学校を訪問していた。
 

最初に訪れたラマ4世通りのK病院付属学校では、理事長から担当教官までスタッフ総出で我々を迎えてくれた。ちょど授業中の生徒たちが実習の様子を見せてくれた。高齢者の介護は判るが、タイ古式マッサージの実習まであるのには驚いた。
 

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(古式マッサージの実習)

タイ日本間のFTA(自由貿易協定は、当初今秋締結の予定だったがクーデターで伸び、大方の見方では来春締結されるだろうとの事だ。多少遅れたが締結は時間の問題なのだろう。
 

各学校の関係者たちもその点にはしっかり着目をしていて、彼らとの懇談の中でも、FTA締結後、すぐに軌道に乗るとは思えないが、絶対数が足りないなか、やはりタイからの人材供給に頼らざるをえないんじゃないか?
 

締結を前提に、タイとして準備をしなくてはいけないことは何か?などの質問がでたり、活発な議論を行うことができた。
 

タイ側で介護士養成に従事している方々の注目が高いことに改めて感じることが出来た。
 

しかし、タイから日本に送り出すことは本当にできるのだろうか?日本政府が課している条件も非常に厳しい。(大卒資格があること。日本語能力検定を通っていること。年齢などなど・・・) フィリピンは大学を卒業しても有利な職場が国内で探しにくいという事情がある。

一方タイでは、日本政府が示す条件を満たせば、国内でも十分好条件の職場が見つかるだろう。 いずれにせよ、今年末、もしくは来年早々には一足先にFTAを締結したフィリピンからの看護士・介護士の第一陣が日本に到着するそうだ。 日本も初めての体験。色々な問題が生じるだろう。場合によっては不都合な条件の修正もありうる。
 

タイから送り出す側とすれば、ここしばらくフィリピン人看護士・介護士受け入れの状況を見守るのが得策なのだろう。

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(実習風景)

(2006年12月掲載)
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2008年09月27日

第39回「無給で6カ月間の語学研修という条件が・・・」

「看護師など日本の受け入れ条件、フィリピンで不満の声―フィリピン労働雇用省のクルス次官は12日、日本経済新聞と会見し、日比経済連携協定(EPA)が定めた比人看護師・介護福祉士の日本での就労条件の厳しさに強い不満を示した。(中略)日本での就労前に無給で6カ月間の語学研修を義務付けられていることが理由だと説明した。(後略)」(9月13日付日経新聞インターネット版より抜粋)

 この記事を読んだとき、実は、「さもありなん」という思いをいだいた。

この記事からさかのぼること数日前の9月9日、アジア欧州会議(ASEM)首脳会議出席のためフィンランド訪問中の小泉首相は、フィリピンのアロヨ大統領と会談し、かねて懸案だった自由貿易協定(FTA)を含む日本とフィリピンの経済連携協定(EPA)に署名した。


 この協定は、労働市場の開放を意味する看護師と介護士の受け入れを含むのが特徴だ。最初この記事を読んだときには、この日比間のEPA調印をキッカケに、タイと日本との間の労働力移動もますます話題になり、FTA締結も一気に加速するのではないかと思った。筆者はその時点で「無給で6カ月間の語学研修」という条件があることについては恥ずかしながら知らなかったのだ。


しかし、やはりそうだったのか・・・


実は、昨年の3月、バンコク郊外にある、旧知のT医師が経営する介護士養成学校を訪問した。


日タイ間のFTA交渉を調査する日本側チームが来タイし、彼の学校を視察するので立ち会ってほしいというのだ。チームは、厚生労働省の審議官をトップに、同省の担当課長、外務省担当者、当地日本大使館員などで構成されていた。


現在タイ政府と日本政府はFTA(自由貿易協定)の協議中で、タイ政府が開放を希望する労働市場分野での項目に、タイマッサージ師、タイ料理調理師などとならんで介護士があるのだ。


当日は、まず校内を見学し、その後会議室での質疑応答となった。懇談の具体的な内容は省くが、この分野で日本政府が設定している判断基準などが判り非常に興味深い経験となった。


つまり、言葉の上では市場開放するといっているものの、年齢、日本語能力、国家資格取得の義務付けなど様々な予定される条件を聞いて、「あ、この人たち(=日本政府)は、この条件を冗談ではなく真面目に語っているのだとすれば、そもそも本気で開放するつもりは無いんだな・・・」と感じてしまった。


協定では開放をうたうものの、しかし実際の運用に色々な条件をつけて適用できないようにする・・・。


そして今回の日比間の協定にも、事実その条件が盛り込まれた・・・。しかし、もう既に日本の社会全体が、特に製造業・サービス業を中心に、外国人労働者に頼らなくては成立しない状況になってきているのは多くの日本人の間では常識だ。

にもかかわらず、国は「外国人労働者を入れるべきかいれないべきか?」という議論をいまだに繰り返している。あるいは実効性の乏しい協定でお茶を濁している・・・。

官と民、トップと現場、の認識のギャップを感じざるを得ないニュースだった・・・。

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※写真はイメージです。 (2006年9月掲載)
posted by バーンタオ at 00:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 福祉関連