2009年04月08日

第67回「まるで難民キャンプです――空港閉鎖顛末記――」

「この3日間のバンコクのお天気、急に乾季らしく涼しくなってきました。涼しくなったからといって、一連の政治的熱狂は残念ながら冷めていません。」(筆者発行のメールマガジンより)

 

筆者のお客様で、約一ヶ月のロングステイを楽しみ、1130日に帰国する予定のお客様がいた。名古屋・中部国際空港着のタイ航空をご利用予定だったのだが、空港封鎖以来、当地タイ航空の電話は何百回かけてもお話中。

 埒が明かないので直接交渉すべく、市内セントラルワールド内のホテルに仮設されたチェックインカウンターに行って驚いた。ホテルロビーというか、エントランスの中途半端なスペースに欧米人、日本人、その他世界各国の人人人・・・。

みな疲れきった表情で、どこが最後尾か判らない長蛇の列に並んだり、タイ航空のスタッフに詰め寄ったりしている。少し殺気立っているその場の空気は、正直怖いなと感じた。

 詰めているタイ航空の職員は親切に対応してくれた。だれに聞いても、それぞれが違う事を云うほどに現場は混乱していたのだが。

ただ、彼らを責める訳にはいかないと思った。少ない情報のなか、すくなくとも私には一生懸命対応してくれたので。

 その日ようやく判ったのは今日、明日飛ぶのは東京行きの臨時便だけ。しかも当日の分はすでに満席。翌12月1日早朝分臨時便のチェックインを待つカウンターも、すでに数百人の長蛇の列だった。

まさかこんなところに70歳近いご夫妻を何時間も並ばせる訳にはいかないな・・・。

 聞けば、大体空港のウタパオも完全にキャパシティを超え混乱しているという。ご本人たちに相談したところ、さほど急がなくてはならない事情が日本にあるわけではないという。まずは、パニックが一段落してからトライしなおすこととした。

一方、こんな光景にも出くわした。

 

3人連れのお客様のお世話をしている、旧知の日本語ガイドと出会った。若い20歳代の女性が、彼女の年老いた両親と一緒にタイに来ていたとのことだ。だが、私と同様、やはりご両親をとてもこの喧騒に巻き込ませる訳にはいかないと判断されたようだ。一人先に帰国することに決断された。

 

その旨をガイドに話し、自分ひとり日本へ帰るためにパスポートとチケットを渡した途端、大粒の涙が頬を流れ落ちる瞬間を目にしてしまった。楽しみにしていた、親孝行のためのタイ旅行もこれでは台無しだ。

 他にも欧米人の家族が疲れきって地べたに座り込み、子供が泣き叫ぶのをあやす気力も失った母親の姿も見られた。

仮に一時的にしても、親子離散や移送用のバスを集団で待つ光景など、まるで難民キャンプだ。

 

折りしも、セントラルワールドの正面は、丁度クリスマスと新年のきらびやかなイルミネーションが瞬き始めたところだった。そんな、バンコクでももっとも近代的な場所のど真ん中での出来事である。
(谷田貝)

(2008年12月掲載) 


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posted by バーンタオ at 18:55| Comment(0) | TrackBack(0) | ロングステイ
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