2009年03月21日

第65回「雨の香り・・・−カオプラヴィハーンのお膝元の村は今・・・−」

「ようやくバンコクに今朝の夜行列車で到着しました。あっという間の数日間でした。」(筆者発行の日刊メールマガジンより抜粋)

 

7月下旬、嫁の実家に出かけてきた。タイ東北部最深部のシーサケット県。今、その領有についてタイとカンボジアが揉めている国境沿いのクメール遺跡、「カオプラヴィハーン」の文字通りお膝元だ。門前町のような村に嫁の実家は位置する。

 

ご存知の通り、両国の軍が出動して緊迫した様子だというニュースは聞いていたし、出発の2日前には在タイ日本大使館からも注意喚起のお知らせメールは届いていた。
滞在中、所用でカオプラヴィハーンまであと数キロというところまで行ったのだが、武装した兵士の姿は一度も見られなかった。いつもの田舎の営み、景色が広がるばかりだった。


それよりも・・・


今年の雨季、東北タイ地方は少し雨量を少ないようだ。確かに沿道に見かける水田の水位は低く、稲は黄色く変色し、心なしか元気がないように見受けられた。


「困ったなあ・・・嫁さんの水田の稲も心配だなあ・・・」


などと思い巡らしながら到着初日の夕べ、実家の居間でビールを呑んでいると、しばらくして屋根をたたく雨の音が聞こえてきた。


程なく外からの風に乗り、なんともいえない潤いのある香りが周囲を充たしてきた。
何の香りだろう?


乾いた赤土に雨が沁み込む際に発する土の香り?
それとも、雨そのものの香り?


明らかに、お花や何かの植物のものではない、微かな、しかし芳しい香りなのだ。
文字通り、恵みの雨を象徴するような豊穣な予感をさせる香り・・・。


今回の短い滞在中に、嫁とその婿に、田舎ながらの美味しいものを食べさせようと、義母はもちろん義父も気を使ってくれた。
 

普通日本では男が厨房にはいることはあまりないだろう。
しかしタイの農村の男衆は実に器用に料理をこしらえてくれる。とくに地鶏をさばいたり、男性ならではの役割もあるだろう。


畑仕事ばかりでなく、料理や家の修理などを全身を使って楽しげにこなしていく、義父や義兄の生活ぶりをみていて、以前、当欄でも紹介した「パパラギ」の一節を思いだした。

再度抜粋する。


「人間は手だけ、足だけでなく、頭だけでもない。

みんなをいっしょにまとめていくのが人間なのだ。手も足も頭も、みんないっしょになりたがっている。からだの全部、心の全部がいっしょに働いて、はじめて人の心はすこやかな喜びを感じる。だが、人間の一部分だけが生きるのだとすれば、ほかのところはみな、死んでしまうほかはない。こうなると人はめちゃめちゃになり、やけになり、そうでなければ病気になる。」


天候の関係で、収穫が左右されることもあるだろう。だが、彼らの姿を見ていて、自然との共生の中で、五感で幸福を感じ取ることの出来る農村での暮らしを実感した。

 「雨の香り」に気づくことが出来たのも、筆者の五感が蘇ったからにちがいない。

時にこうして田舎に出よう。

  「めちゃめちゃになり、やけになり、そうでなければ病気」にならないように・・・。


「パパラギ」概要はこちらから http://tinyurl.com/6a32q5

(谷田貝)

(2008年7月掲載)     



 P7270155.JPG

posted by バーンタオ at 18:19| Comment(0) | TrackBack(0) | スローライフ・ロハス関連
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