2048年05月19日

第1回「ほんのりと、癒しを求めている人達を照らす灯火となれば・・・」

「えっ!!鍼で風邪が治るの???」

“健康”“元気であること”がセールスポイントの筆者にはあるまじきことなのだが、昨年末にかかった風邪がなかなか治らない。だが、化学薬品系の風邪薬は飲まない主義。

筆者の太極拳の師匠で鍼治療も行っている英国人女性S先生に「病院に行くまいか?薬を飲むまいか?」と電話で相談したところ、「病院になんて行く必要はない。鍼を打ってあげるから来なさい。」ということになった。本当に鍼治療だけで治癒するのだろうか?

昨年まで「癒しの大地・タイ王国に暮らす」――シニアのためのアクティブ・スローライフ宣言――というテーマで当欄を担当させていただいた。

主に、筆者の活動や、筆者が運営するロングステイ体験をしに来るお客様の事例を中心に、シニア世代の新しいライフスタイルを提唱してきた。だが、読者の皆さんから頂いた反響から、必ずしもシニアの方ばかりでなく、現役世代の方々も、小生の云ったりやったりしていることに関心をもっておられることが判って来た。それも、特に、癒しの事例について・・・。

もしかすると、最も心と身体、そして精神の“癒し”を必要としているのは現役世代の方々かもしれない・・・。そこで、今年は筆者の運営するプログラムからは、シニアという世代の縛りを取り払うことにした。

健常者も障害をお持ちの方も、そして世代を越えた人々がタイを訪れて感動する、励まされる、そして元気になる。その癒しのしくみを確立し、充実させることを重点課題とした。そして、そのためには、その仕組みを作るものとしてのウエルネスライフプロデューサーとしての自分自身の能力を更に高めることが重要だと考え、筆者個人として、以下の年間目標を掲げた。

●肉体を理想型に近づける。体重 約65キロ⇒62キロ、体脂肪率約22%15%に。

●太極拳の習得(昨年は月一回ペースでしかS師匠のもとへ通えなかった。週一回を目標とする。)

●ヨガの習得

●健康増進、心のケア関連なども含め読書量を増やす。(月10冊以上)

●食生活の改善:(“バーンタオ流食の原則”はこちらからどうぞhttp://www.baantao.com/main/column_kame/column_kame-5.html時には消化器系を休め、より消化力を高めるために最低月に一回はフルーツ絶食を実施。こちらからどうぞ⇒http://www.baantao.com/main/column_kame/column_kame-24.html ) 

これらの日常の活動や、冒頭の鍼治療のようにタイで体験することの出来る様々な癒しのトリートメントの経験。タイ独特の食材やハーブを利用した料理の探訪。これらを通して得られた情報や気づきを当欄で報告していきたい。

それが結果的にタイの癒しの知恵、アジアの知恵として蓄積され、ほんのりと、癒しを求めている人達を照らす灯火となれば幸いだ。 
(2005年1月)


★この第一回目の記事がブログの冒頭にくるようにするため投稿期日を40年後にしました。
その歳まで健康に、ブログを更新し続けることを目指して・・・
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2009年05月19日

第70回「人間が、人間だけ幸福になることを考えてきたから・・・−ハーモニーライフオーガニックファーム訪問記−」

 「谷田貝さんへ こちらこそありがとうございました!とても充実したツアーでしたよ。今回で【食】に対する意識が変わりました。早速、今日から玄米食に切り換え、インスタント食品を止めました。食の改善身体の健康心の健康より良い人生・・・ですね。

こういうツアーなら、いつでも参加したいです。(中略)ひとまず簡単にお礼まで、I

 4月上旬の土曜日、東北タイ=イサーンを扇にたとえるならば要に当たるカオヤイの山々。その麓に位置するハーモニーライフオーガニックファームに出かけてきた。http://www.harmonylife.co.th/

バーンタオ・バス第一便、「オーガニック野菜三昧ツアー」と称して募ったツアーには、私を含めて友人知人12名が参加した。冒頭は、バンコク在住の若い友人Iさんからお便りだ。

 

当日は到着後すぐに、ハーモニーライフオーガニックファームの代表・大賀昌さんより地球環境を守るためのオーガニック農法の大切さ、自然と調和のとれた人間の生き方などについてお話をしていただいた。参加者は皆、その熱意のこもったお話に感動していたようだ。

 

私は何度か大賀さんのお話は拝聴しているが、今回改めて伺い、特に心に残ったのは以下のことだった。

 1.       壊れてしまった地球の環境を少しでも元に戻すのが自分自身の使命であるということ。
2.       環境が壊れてしまったのは、人間が、人間だけ幸福になることを考えてきたからである。皆が幸せにならないと駄目だということ。
3.       「野菜さん、果物さん、鶏さん、牛さん、お魚さん・・・」と、愛情を込めて「さん」付けで呼ばれているということ。

とりわけ、ある事情から他の養鶏場で飼われていたブロイラー5羽を預かった時のエピソードには衝撃をうけた。五羽の鶏は、卵をたくさん産むことだけを目的に育てられ、歩くということがどういうことかさえ判っていない様子であった。

まもなく、5羽とも当然のごとく死んでしまったのだが、そのとき、

「鶏さんには鶏さんの幸福がある。広い庭を走り回ったり、砂浴びをしたり、他の鶏と遊んだり・・・。鶏も幸福になってはじめて私たちに美味しい卵を産んでくれるのではないか?肥料としての糞をしてくれるのではないか?」と感じたそうだ。

 レクチャーの後は、広い12万uほどの農園を1時間ほどかけて案内してくださった。そこには幸福そうな野菜さん、果物さん、鶏さんたちがいた。ニンジンを収穫し、オクラのお花を愛で、鶏の暮らしやすさを重視した鶏舎を訪れた。鶏舎の前で大賀さんが口笛を吹くと、喜んでやってくる鶏の足取りの軽さには驚いた。

農場視察の後は、畑からの恵み、お野菜三昧の昼食をとても美味しくいただいた。

話は尽きず、時間がどんどん押してしまったが、久しぶりにハーモニーライフオーガニックファームの現場では、大賀さんの熱意と同時に、たくさんのお野菜から元気をもらった。

 それにしても冒頭に紹介したIさんが、今回一回の訪問で【食】に対する意識が変わったとは・・・Iさんが素直な性格だったとはいえ、いくら理屈で判っていても、人間の食習慣はなかなか変わるものではない。Iさんの無意識の領域で変容が起こったのだ。行動様式まで変えるには、今回のような五感に訴える体験に勝るものはないだろう。バンコクの暮らしに少し疲れたら、また元気をもらいに出かけよう・・・。

(谷田貝)

(2009年4月掲載)

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2009年05月12日

第69回「自分の親を住まわせたいと思って作ったのかどうか?―タイ老人ホーム事情―」

確かに土地はのどかに流れる河に向かって明るく開け、とても気持ちの良い場所でしたが、すこし拍子抜けしてしまいました。」(筆者発行のメールマガジンより抜粋)

二月下旬の午後、バンコクから西に車で約1時間、ナコンパトムの老人ホーム開設予定地を視察した。その数日前、バンコク市内の大手総合病院院長と面談した際、ナコンパトムに所有する土地に日本人用ロングステイ村を作りたいと相談を受けた。

同様の話は筆者の起業以来約10年の間に山ほどあった。殆どが「土地はある。投資家を探せ」。故に日の目を見たものは未だない。

「院長がそれに本気で取り組むつもりがあるんだという、“何か具体的なもの”を見せたほうが良いと思いますよ。」と意見したところ、「それならその土地の近くの別の区画に老人ホームをやろうと思って作った建物がある。」といわれ、早速見に行ったのだが・・・。

ターチン河という、熱帯アジア特有のゆったりした流れの河に面して、院長が所有するその広大な土地は広がっていた。門を通りぬけ、奥に通じる道路の両側に一本数百万バーツもするという銘木が何百本と立ち並んでいる様は壮観だ。その管理のために雇われた人たちが、多数立ち働いている。
 木のためにこれだけの人員を配しているのだからさぞや・・・と期待が膨らんだのだが・・・。

門から数百メートル行ったところに、「とりあえず・・・」という感じで建てられた巨大な体育館があった。コミュニティセンターか何かと思ったのだが、そうではなかった。中に入るとまさに天井の高い体育館なのだが、広間の両側に15部屋ずつ計30部屋の居室がある。一部屋20平米くらいだろうか?

つまり、ここが、生活空間なのだ。以前、バンコク市内で視察した公立の老人ホームを思いだした。刑務所か精神病棟を連想させる、冷たい造りが共通している。ここは常夏の国のはずなのに。

いつもどうしてこうなってしまうのだろう?

建てた院長本人は、例えば自分の親や親族をここに住まわせたいと思って作ったのだろうか?筆者の会社では脳梗塞などの後遺障害をお持ちの方々の滞在のお世話をさせていただいている。数ヶ月から通年バンコクに滞在しリハビリすることをお勧めしているのだ。介護士やヘルパーをほぼ毎日アテンドさせて、リハビリへの通院、その他身の回りのお世話をさせていただいている。

だが、現在宿泊は通常のサービスアパートで、独自の施設をもてないのが最大のジレンマだ。お客様の人数が増えるにつれ、安心して暮らせる滞在施設を設け、集中してサービスを提供させていただきたいと切望している。それ故、上述のような話があればいそいそと出かけていくのだが・・・。

2006年春、日本の診療報酬制度が改定されリハビリの日数制限が導入されて以来、所定の日数を超えると充分なリハビリを受けることのできなくなった患者さんが急増している。そのような方々を指してリハビリ難民と呼ぶのだそうだ。

リハビリは「単なる機能回復ではない。社会復帰を含めた、人間の尊厳の回復」という東京大学名誉教授の多田富雄さんは「リハビリ中止は死の宣告」と題して朝日新聞に以下の投稿を行った。
 

「今回の改定によって、何人の患者が社会から脱落し、尊厳を失い、命を落とすことになるか。そして一番弱い障害者に『死ね』といわんばかりの制度をつくる国が、どうして『福祉国家』と言えるのであろうか。」060408日:朝日新聞から抜粋 

本来、医療や介護は、国家百年の計ともいえる崇高な事業だ。筆者の上述の事業を指し、邪道だと酷評した日本の医療者もいた。しかし、今リハビリの必要な患者さんには、日本の医療制度が改善するのを待っている時間などないのだ。

旅行作家の下川裕治さんは、バンコクのある病院での講演の際、「将来日本の医療や介護の一部を、タイが担う日がくるような予感がする・・・」 と語った。筆者も、非常に近い将来日本の医療や介護の一部を、タイが担う日がくると確信している。ただし、それは、日本とタイの現場で苦労をしている患者、患者の家族、医療・介護に携わる人たちが知恵を出し合い、その協働が実現したときなのだが・・・。

(谷田貝)

(2009年2月掲載) 
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2009年05月05日

第68回「在タイ20年にして初めての体験・ソルトクレイポット・コンプレスとは?」

毒素を吸収する効果もあるとかで、本当に体調の悪い人に施術するとポットの中の粗塩がどす黒くなるそうです。」(筆者発行のメールマガジンより)

その言葉を聴いただけで、いかにも効きそうな気がして興味が湧いてきた。

 

一月中旬の土曜日の午後、初孫の顔を見に来た80歳になる筆者の父をドイムサブサムンプライスクールに連れていった。バンコクの中心からは少し外れ、地下鉄のスティサンが最寄駅。郊外の住宅地という感じの細い道をくねくね曲がりながらようやく到着したスクールは、普通の民家に挟まれた、普通ではない古民家だった。築後100年以上も経ったものを主宰者がタイの田舎から移築したものだそうだ。

 

このスクールではタイ北部チェンライ県のオーガニック農園で育てたハーブを利用した施術の指導やハーブ製品の販売をしている。2002年タイ保健省によりタイ伝統医療開発局が設立されて以降、多くの国私立大学で伝統医療学部が設置されたが、一部の大学ではドイナムサブのハーブ療法の知識をカリキュラムに取り入れているそうだ。

来タイした父にこのような話をしたところ、是非そこに行ってみようということになった。

 

父は最近首の痛みを訴えていた。今から数十年前に交通事故に巻き込まれたので、どうやらその後遺症が出たのではと気にしていた。日本の病院に行っても首の牽引をする程度で、いくらたっても根本的な治癒には至らない。

 

父は当初、涅槃仏寺院内にあるマッサージに行きたいと云っていたのだが、この種の痛みに古式マッサージはあまり良くないのではないかと思い、こちらをお勧めした次第だ。

 

到着後、日本人講師の礒野さんにいろいろと症状を説明したところ、父はハーブボールマッサージを念入りにやって、その後ハーブサウナを少しだけというメニューになった。(血圧が高いので。)筆者も便乗して、ハーブボール、ソルトクレイポット・コンプレス、ハーブサウナを受けた。

 ソルトクレイポット・コンプレスは、在タイ20年にして初めての体験だった。

粗塩を入れた素焼きの小さなつぼを其のまま熱し、それをハーブを載せた木綿の布で包んで身体に押し当てていく。

 

冒頭にも書いたように、温熱効果もさることながら、熱した塩とハーブの成分が体内毒素を吸収する効果もあるとかで、本当に体調の悪い人に施術するとポットの中の粗塩がどす黒くなるのだそうだ。

 

普段筆者は、ヨーガを実践しているからか、殆ど肩が凝らない。そのためマッサージを受ける機会はまずほとんどないのだが、今回は、密かに体内から排出されるという真っ黒な毒素を見てみたいという興味本位で、父の付き合いで施術を受けてみたのだが・・・

 

実に気持ちよかった。

 

熱々にしたクレイポットで全身を丹念に揉み解してくれる。恐らく、途中、かなり深い眠りに落ちたのだろう。治療効果もさることながら、リラックス効果も抜群だった。

 所要時間の約3時間はあっという間に過ぎていた。ところで、筆者の施術後、どす黒い毒素は取れたのだろうか?

ぐっすり熟睡したので、そんなことを確認するのはすっかり忘れてしまっていた。

(谷田貝)

(2009年1月掲載)

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2009年04月20日

新年号「百年一度の危機か好機か――新春にあたり――」

昨年末の空港封鎖前後、各種メディアには外国人によるタイ人批判のコメントが殺到した。多くの外国人が迷惑を蒙ったのも事実。筆者の会社も甚大な被害を受けた。しかし国家は直線的に成長する訳がない。発展途上の国だからこそ、今まで日本人はじめ外国人たちは恩恵を受けてきたのだ。

 「お金はタイ人にとってビールの泡のようなもの」という言葉があるそうだ。「なくても暮らしていけるがあった方がサヌック(=楽しい)」という意味だとか。

日本人は、過ぎてしまったことを悔やんだり、まだ見ぬ未来のことを気に病んだりするきらいがある。この点タイ人たちの方が達観している。

 タイは鎖国をしても7年間は自国民を養えるという。
達観できるのは、こんな豊饒な自然の恵みがあるからだ。自然と共生する仏教の教えがあるからだ。今年は2月以降、実態経済が急激に悪化して、旅行業で100万人、それ以外で100万人、計200万人の失業者が出るそうだ。10年前の通貨危機でも同様の失業者がでた。しかし、タイでは社会不安は起きなかった。豊かな農村が、それらの人々を吸収したからだ。月日は経たが、今回もそのような機能が発揮されるだろう。闇雲に物質文明を押し進めるよりも、自給自足的な自然な生活に戻っても、別に構わないのだ。 そんな諦観が、昨年末の騒動の根底にはあったという。

世界は百年一度の経済危機だとか。しかし、それは、豊かさの意味、幸福の意味をもう一度考え、生き方の方向修正をする、百年一度の好機なのではないか?批判ではなく反省を。今年はタイの人々から「生き方の知恵」「癒しの知恵」をおおいに教えてもらおう。「タイのことは、タイの人にしかわからない」のだから。

(谷田貝)

(2009年1月掲載)

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2009年04月08日

第67回「まるで難民キャンプです――空港閉鎖顛末記――」

「この3日間のバンコクのお天気、急に乾季らしく涼しくなってきました。涼しくなったからといって、一連の政治的熱狂は残念ながら冷めていません。」(筆者発行のメールマガジンより)

 

筆者のお客様で、約一ヶ月のロングステイを楽しみ、1130日に帰国する予定のお客様がいた。名古屋・中部国際空港着のタイ航空をご利用予定だったのだが、空港封鎖以来、当地タイ航空の電話は何百回かけてもお話中。

 埒が明かないので直接交渉すべく、市内セントラルワールド内のホテルに仮設されたチェックインカウンターに行って驚いた。ホテルロビーというか、エントランスの中途半端なスペースに欧米人、日本人、その他世界各国の人人人・・・。

みな疲れきった表情で、どこが最後尾か判らない長蛇の列に並んだり、タイ航空のスタッフに詰め寄ったりしている。少し殺気立っているその場の空気は、正直怖いなと感じた。

 詰めているタイ航空の職員は親切に対応してくれた。だれに聞いても、それぞれが違う事を云うほどに現場は混乱していたのだが。

ただ、彼らを責める訳にはいかないと思った。少ない情報のなか、すくなくとも私には一生懸命対応してくれたので。

 その日ようやく判ったのは今日、明日飛ぶのは東京行きの臨時便だけ。しかも当日の分はすでに満席。翌12月1日早朝分臨時便のチェックインを待つカウンターも、すでに数百人の長蛇の列だった。

まさかこんなところに70歳近いご夫妻を何時間も並ばせる訳にはいかないな・・・。

 聞けば、大体空港のウタパオも完全にキャパシティを超え混乱しているという。ご本人たちに相談したところ、さほど急がなくてはならない事情が日本にあるわけではないという。まずは、パニックが一段落してからトライしなおすこととした。

一方、こんな光景にも出くわした。

 

3人連れのお客様のお世話をしている、旧知の日本語ガイドと出会った。若い20歳代の女性が、彼女の年老いた両親と一緒にタイに来ていたとのことだ。だが、私と同様、やはりご両親をとてもこの喧騒に巻き込ませる訳にはいかないと判断されたようだ。一人先に帰国することに決断された。

 

その旨をガイドに話し、自分ひとり日本へ帰るためにパスポートとチケットを渡した途端、大粒の涙が頬を流れ落ちる瞬間を目にしてしまった。楽しみにしていた、親孝行のためのタイ旅行もこれでは台無しだ。

 他にも欧米人の家族が疲れきって地べたに座り込み、子供が泣き叫ぶのをあやす気力も失った母親の姿も見られた。

仮に一時的にしても、親子離散や移送用のバスを集団で待つ光景など、まるで難民キャンプだ。

 

折りしも、セントラルワールドの正面は、丁度クリスマスと新年のきらびやかなイルミネーションが瞬き始めたところだった。そんな、バンコクでももっとも近代的な場所のど真ん中での出来事である。
(谷田貝)

(2008年12月掲載) 


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2009年03月24日

第66回「生まれてからずっと――チェンマイの障害者施設訪問記――」

11月上旬の週末を利用し、二十数年前から在タイし、タイでのNGO活動に詳しいSさんのご案内で、チェンマイを旅してきた。

往復を自動車で移動するのは初めての体験だった。片道約7時間の道中、タイ中部から北部にかけての植生や地形の変化が楽しめ飽きることはなかった。タイの平野部は風景の変化に乏しいといわれるが、そんなことはない。街道筋の道路傍で売られる農産物もその土地土地で変化が見られる・・・。

 

チェンマイ滞在中、駆け足ではあったが、障害をお持ちの方の共同生活施設、HIV感染者(タイ人女性)の共同作業場、義肢を作る財団、職業訓練センター(障害者向け)などを訪問した。


雨の日曜日の朝、最初に訪問したのはS財団。
ここはチェンマイ市内を流れるピン川の近くの新興住宅地に隣接している身体の不自由な方々の「暮らしの場」だ。緑の多い広い敷地の中に清潔な建物が点在している。お休みなので事務職員のような方はいない。私たちが到着すると、入所者の方々が出てきてくれた。男女全部で25人が生活している。

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しばらく施設をみてまわったあと、何人かの方にどれくらいの期間滞在しているか?聞いてみた。すると・・・

 

「生まれてからずっと・・・」

 

という方が実に多かった。つまり入所者が固定され、新しい入所者もほとんどないということだ。
タイは、道路や建物のバリアフリーが進んでいない。年金など制度面の問題もあるだろう。自宅や地元コミュニティーに戻って生活するということがなかなか難しいことも良く分かる。


ただ、今回訪問したボランティア団体がそうだというわけではないが、大きな組織も小規模な組織も、一定の援助が受けられるようになると、障害者の現状を維持することで収入を確保する、健常者のための一種のビジネスのようになってしまうこともありうるのかな・・・と感じてしまった。

 

このような主旨のことを筆者が主宰する任意のコミュニティ:バーンタオ村の日刊メールマガジンで会員に投げかけたところ、今年日本でアジアとの草の根交流を推進するNPOを立ち上げた若い友人からのメールをもらった。

 

「チェンマイでは色々とご視察されたんですね。『障害者の現状を維持することで収入を確保する、健常者のための一種のビジネス、、』とありましたが、やはり組織維持、人件費・管理費を得ようとすると、どうしてもそのような傾向があると思います。(中略)日本のNGO/NPOでは、どうしてもそのようなジレンマがあるのが現状で、健全な組織運営という意味では、食いっぷちは各々が持っていた方が、まだ良いのかもしれません。」

 彼は北タイの山岳民族の村に住み込んで活動したり、大手のNPOでの活動体験もある。

彼が今回立ち上げたNPOは人件費、管理費という固定費を寄付などからださないようにしているそうだ。従って、活動する彼本人の食いっぷちをどのように生み出すかが、目下の課題だそうだ。 


筆者はボランティアの世界で汗をかいているわけではない。こんなことを言うべきではないということは重々承知だ。しかし健気に対応してくれた車椅子の女の子たちと言葉を交わしていると、上記のジレンマが頭に浮かんでしまいチェンマイからバンコクに戻ってもしばらく考え込んでしまった。

 

タイに住まわせてもらっている者として、タイ社会の暗部に灯を当てたいという決意はある。どのような立ち位置で関わるか、それを今回の旅を題材に考えるつもりだ。

 

冒頭のS財団内のショップでは、押し花細工やレース織りなどを製作販売している。
まずは、こうしたものをまとめて購入し、細々でも継続して通販で流通していく仕組みを作れないかな?と思った。軌道に乗れば、彼ら彼女らが自前で経営するショップが、施設を出て、チェンマイ市内の目抜き通りに出来上がる、ということを夢想してみたのだが・・・いかがだろうか?
(谷田貝)

(2008年11月掲載)

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2009年03月21日

第65回「雨の香り・・・−カオプラヴィハーンのお膝元の村は今・・・−」

「ようやくバンコクに今朝の夜行列車で到着しました。あっという間の数日間でした。」(筆者発行の日刊メールマガジンより抜粋)

 

7月下旬、嫁の実家に出かけてきた。タイ東北部最深部のシーサケット県。今、その領有についてタイとカンボジアが揉めている国境沿いのクメール遺跡、「カオプラヴィハーン」の文字通りお膝元だ。門前町のような村に嫁の実家は位置する。

 

ご存知の通り、両国の軍が出動して緊迫した様子だというニュースは聞いていたし、出発の2日前には在タイ日本大使館からも注意喚起のお知らせメールは届いていた。
滞在中、所用でカオプラヴィハーンまであと数キロというところまで行ったのだが、武装した兵士の姿は一度も見られなかった。いつもの田舎の営み、景色が広がるばかりだった。


それよりも・・・


今年の雨季、東北タイ地方は少し雨量を少ないようだ。確かに沿道に見かける水田の水位は低く、稲は黄色く変色し、心なしか元気がないように見受けられた。


「困ったなあ・・・嫁さんの水田の稲も心配だなあ・・・」


などと思い巡らしながら到着初日の夕べ、実家の居間でビールを呑んでいると、しばらくして屋根をたたく雨の音が聞こえてきた。


程なく外からの風に乗り、なんともいえない潤いのある香りが周囲を充たしてきた。
何の香りだろう?


乾いた赤土に雨が沁み込む際に発する土の香り?
それとも、雨そのものの香り?


明らかに、お花や何かの植物のものではない、微かな、しかし芳しい香りなのだ。
文字通り、恵みの雨を象徴するような豊穣な予感をさせる香り・・・。


今回の短い滞在中に、嫁とその婿に、田舎ながらの美味しいものを食べさせようと、義母はもちろん義父も気を使ってくれた。
 

普通日本では男が厨房にはいることはあまりないだろう。
しかしタイの農村の男衆は実に器用に料理をこしらえてくれる。とくに地鶏をさばいたり、男性ならではの役割もあるだろう。


畑仕事ばかりでなく、料理や家の修理などを全身を使って楽しげにこなしていく、義父や義兄の生活ぶりをみていて、以前、当欄でも紹介した「パパラギ」の一節を思いだした。

再度抜粋する。


「人間は手だけ、足だけでなく、頭だけでもない。

みんなをいっしょにまとめていくのが人間なのだ。手も足も頭も、みんないっしょになりたがっている。からだの全部、心の全部がいっしょに働いて、はじめて人の心はすこやかな喜びを感じる。だが、人間の一部分だけが生きるのだとすれば、ほかのところはみな、死んでしまうほかはない。こうなると人はめちゃめちゃになり、やけになり、そうでなければ病気になる。」


天候の関係で、収穫が左右されることもあるだろう。だが、彼らの姿を見ていて、自然との共生の中で、五感で幸福を感じ取ることの出来る農村での暮らしを実感した。

 「雨の香り」に気づくことが出来たのも、筆者の五感が蘇ったからにちがいない。

時にこうして田舎に出よう。

  「めちゃめちゃになり、やけになり、そうでなければ病気」にならないように・・・。


「パパラギ」概要はこちらから http://tinyurl.com/6a32q5

(谷田貝)

(2008年7月掲載)     



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2009年03月15日

第64回「いつも喜びの目と、しなやかな手足を持った人間であるために−『パパラギ』を読んで−」

「腹いっぱい食べ、頭の上に屋根を持ち、村の広場で祭りを楽しむために、神様は私たちに働けとおっしゃる。だがそれ以上になぜ働かねばならないのか。」

先日、筆者が主宰するコミュニティ「バーンタオ村」の会員で京都に住む女性Sさんが来タイされ、「パパラギ」という本を頂戴した。冒頭の文はその本の中からの一節だ。


概要はこちらから http://tinyurl.com/6a32q5

内容は、20世紀初頭、サモア酋長ツイアビが訪れた欧州に対する文明批評だ。素朴な、だが鋭い言葉で彼の目で見た欧州の文明が、サモアの豊かな自然、のどかな風習と比較されながら語られていく・・・。


実は二十年ほど前、ジョムティエンビーチに寝転びながら読んだことがあった今回Sさんから頂戴して再読し、20年前には分からなかった新たな気づきがいくつもあった。


本の後半に「パパラギ職業についてーーーそしてそため彼らがいかに混乱しているか」という章があるそこから一部抜粋する。


「人間は手だけ、足だけでなく、頭だけでもない。みんなをいっしょにまとめていくが人間なだ。手も足も頭も、みんないっしょになりたがっている。からだ全部、心全部がいっしょに働いて、はじめて人心はすこやかな喜びを感じる。だが、人間一部分だけが生きるだとすれば、ほかところはみな、死んでしまうほかはない。こうなると人はめちゃめちゃになり、やけになり、そうでなければ病気になる。」


なんだ、ヨーガの目的、考え方と一緒じゃないか・・・。「心と身体の統合」という。


飾り気のない言葉だが、真理をついている。

筆者は人間の幸福とは、心身とも健康であるということが基盤であると考えている。そのどちらかが突出しているということはありえないのだ。そして、前回の当欄で書いたとおり、幸福であるためには、それらにくわえて「他の人たちとの豊かな関係性」が肝心だ。

皆で「村の広場で祭りを楽しむ」ような・・・。

「パパラギ(=欧米人のこと)は自分の仕事について話すとき、まるで重荷におさえつけられたようにため息をつく。だがサモアの若者たちは歌いながらタロ芋畑へいそぎ、娘たちも歌いながら流れる小川で腰布を洗う。(中略)大いなる心(=神様のこと)は、私たちがすべての行ないを、誇り高く、正しく行なうことを、そしていつも喜びの目と、しなやかな手足を持った人間であることを望まれるのだ。」

いつも喜びの目と、しなやかな手足を持った人間であること・・・


まさに筆者がこれまで取り組んできたことであり、これからのテーマである。


「パパラギ」

そこには幸福であるためのヒントが語られている。

再読により、座右の書に加えることにした。これからの行動がぶれないように・・・。
(谷田貝)

(2008年7月掲載) 





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2009年03月03日

第63回「『賢い生き方のススメ』とは・・・」

「企業で働く65歳以上高齢者200万人・昨年、4年で3割増http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20080418AT3S0801Y17042008.html
公的年金を受け取れる65歳以上になっても企業で働く人が2007年に初めて200万人を超えた。人手不足の企業が経験の豊かな高齢者を雇っているうえ、定年後も働き続けたい人が増えていることが背景にある。(後略)」
先日、こんなニュースが目に留まった。

人間、やはりのんびりしているだけでは駄目だという考えの方が多いということだろうか。あるいはまた、不安感の漂う世の中、年金だけではどうも心配という方が増えたということもあるだろう。

そんな中、年上の友人でノンフィクションライターの戸田智弘さんのインタビュー記事がNTT関連のサイトに掲載された。http://www.nttcom.co.jp/comzine/no059/wise/index.html
戸田さんは昨年『働く理由−99の名言に学ぶシゴト論。』(ディスカヴァー・トゥエンティワン を出版し、8万部を越すベストセラーとなって話題になった。そしてそれより数年前には『職在亜細亜 職はアジアにあり!』(実業之日本社)という、日本でリストラをされた中高年のエンジニアがアジア諸国でがんばっている・・・というテーマの著書を出している。その取材の際のコーディネーションを筆者が担当し、戸田さんとは親しくなるきっかけとなった。

さて、上述のサイトのインタビューの中に、以下のような一文があった。
「以前、リタイア後に海外に移住した方々を取材したことがあります。ゴルフをしたり旅行に行ったりしてのんびり暮らしている方が多く、一見、羨ましいことなのですが、実際はボランティアや仕事をしている方のほうが、生き生きとしている感じがありました。結局ゴルフも旅行も、生産活動ではなくて消費活動だから、人とのつながりを十分に感じることはできません。(後略)」

その通りだなと思う。

筆者は最近、人間の幸福とは、心身とも健康であるということと同時に、他の人たちとの豊かな関係性にあるのだと思うようになった。
今回上述の二つの記事を読み、人との豊かなつながりを感じることの出来るコミュニティ作り、目的作りの示唆が、筆者の使命のひとつなのだと改めて考えるきっかけとなった。

『働く理由−99の名言に学ぶシゴト論。』のなかにこんな記述がある。
「働くことが単にお金を得るということであるならば、ビル・ゲイツはとっくに仕事をやめているはずだ・・・」と。
ビル・ゲイツに限らず、もう定年を迎え、悠々自適に暮らせるであろう人たちも働こうとするのはなぜだろう?
やはり「働くこと」を通じて、「人とのつながりを十分に感じること」を求めているからではないだろうか?
(谷田貝)




posted by バーンタオ at 23:15| Comment(0) | TrackBack(0) | GNH(国民総幸福論)